トレヴァー・ピノック指揮紀尾井シンフォニエッタ東京の演奏会に行く。
演目はバッハのロ短調ミサ。
ソプラノ:澤江衣里、藤崎美苗
アルト/カウンターテナー:青木洋也
テノール:中嶋克彦
バス:加耒徹
合唱:紀尾井バッハコーア
この曲はディスクではいくつか聴いていた。カラヤンのライヴ、ジュリーニ、ヘレヴェッヘなど。いい曲ではあるが、「マタイ受難曲」ほどには心に響かないように感じていた。多くの好事家は、バッハの作品の最高峰としてこのロ短調かマタイか、という議論がなされているようである。吉田秀和が言い始めたのか?
長らくの間「マタイ」派だったのだ。しかし、この演奏会を聴いて、少々心が揺らいだ。
冒頭のキリエ。なんという清らかな合唱だろう。清廉にして情熱的。瞬殺とはこのことだろうか。涙が溢れて、舞台がおぼろげにしか見えなかった。コーラスの精密さに加え、オーケストラも見事。例のフルートの長いソロは、じつに堂々としていて圧巻。それに続くホルンのソロもまったく危なげなし。

ヴァイオリンは3プルト。トランペットは3本でホルンは1本。おそらくピノックの指示なのだろう。ヴァイオリン奏者は、ノン・ヴィブラートの人もいれば、ヴィブラートをしっかりかけている人もいた。まちまちだ。だから、全体の音色は中庸。ラディカルなピリオド奏法でもなく、もったりしたモダンでもない。ちょうどいいのである。
これとは関係ないかも知れないが、1986年にカルロス・クライバーの演奏会を観て同じような光景に出合った。ヴァイオリン奏者たちのボウイングがまちまちなのである。下に弾いている人がいるのと同時に、あげている人もいる。同じ場に立ち会った友人によれば、それによって音色のバランスがとれることもある、とのことだった。
前半は「キリエ」と「グローリア」。後半は「クレド」、「サンクトゥス」、「オザンナ」、「ベネディクトス」、「アニュス・デイ」、「ドーナ・ノービス」、「バーチェム」。
この曲はバッハの後半生をかけた畢生の大作である。前半は1733年頃に書かれ、後半は1749年以降に作られた。好みだが、前半が優れていると思う。後半も悪くはないが、やや冗長感がある。

ピノックは、チェンバロの弾き振り。立ったままで。指揮棒なしでのリードは、端正な佇まいであり、ときに情熱的だった。
やはりこの人、タダモノではない。
2015年7月11日、東京、紀尾井ホールにて。
散歩。
重版できました。

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