バッハ パルティータ集 マレイ・ペライア(Pf)福田和也の「死ぬことを学ぶ」を読む。
これは、日本の歴史上の人物の死に際を描きつつ、その人となりを考察したエッセイ。
「死」ばかりは、人から体験談を聞くことができない。だから、さまざまな死の姿、有様を眺めて、自分の死に思いを馳せるしかないわけだ。
博学の書き手の語り口は、ごちそうを一口ずつ、いろいろに味わうことができる晩餐のように(変な言い方だけど)華やかだ。
なかでも、菊池寛の遺言のくだりは気がきいている。
『させる才能なくして、幸運にして文名を走せ、一家を興し、幸福に生活しました。今死んでも本望です。どうかご安心下さい。今日はいろいろ有難うございました』
このような覚悟と余裕をもって生きたいものだが・・・。


ペライアのバッハを聴く。パルティータのなかではとくに4番に馴染んでいる。
昔に買ったグールドのバッハ曲集に入っていて、何度も聴いたからだ。それはすでにCDだったのだけど、自分はまだ学生だったから、1枚の値打ちは今の何倍も大きかった。輸入盤10枚を千円で買うことのできる今とは(演奏の良しあしは別として)ありがたみが違うよな。
ペライアのこのCDにはパルティータの2,3,4番が収録されているが、そんなわけもあって4番ばかりを聴いている。
ペライアの音色には、適度な温かみと厚みがある。その音たちがゆるやかなカーブを描くように、なめらかに空間を彩っていく。それは早春の陽だまりのように穏やかだ。まるで今日の天気みたいに。
ここにはバッハの線香臭さ(?)は感じられない。そういう意味ではグールドと同じようにモダンな演奏ということができるかもしれないけど、こちらはもっと角が取れていて丸みがある。まろやかさがいい。
2007年6月、11月 ベルリン、放送局第1ホールでの録音。
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マタイは主にリヒターの旧盤を取り出すことが多いです。シュライアーのは福音史家をやったのは聴きましたが、指揮者としての演奏はまだなんです。前から気になっているのですが。
ワタシはここ半年ほど体調が悪かったのですが、最近になって少しよくなってきました。
お互い養生しましょう。