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ミケランジェリのベートーヴェン「ピアノ協奏曲第1番」

2006.10.19 - ベートーヴェン
ミケランジェリ

ミケランジェリ(P) ジュリーニ指揮ウイーン響/ベートーヴェン ピアノ協奏曲第1番


ミケランジェリは、あるときから芸風が変わったと思う。
モノラル時代に録音されたショパンのワルツや、チェリビダッケ/パリ管と「皇帝」の演奏では、テンポが目覚しく移り変わり、情緒的な色合いの濃い、どっぷりヴィルトゥーソ的(?)な志向を感じたのであったが、レコーディング・キャリアの途中から、あらぬ方向へずんずんと進んでいった。
それは、タイミング的には、70年代前半のDGへの録音からではなかろうか。
そこで初めてまともなスタジオ録音に恵まれたゆえに、彼の真の響きがみんなの家のスピーカーから聴こえるようになったからそう感じるのか、もしくは本当に彼の芸風が変わったからかは私にはわからないが、70年代以降のミケランジェリの演奏がことごとく個性的でユニークなものだということには、異論はないのではないかと思う。


このベートーヴェンもやり放題である。
ライヴながら、実演奏の熱気は特には感じられない。冷たいピアノの響きが終始鳴り渡り、一種独特の冷めた雰囲気を醸し出している。硬質で、水泡の全くない氷のように透明な音。こういう響きを作り出すピアノは、普通のものと全然違うのじゃないかと思ってしまうが、意外に普通であるという。
調律師が日本人で、ツアーにいつも同行していたという話だが、そういうハード的に繊細な世界であること以上に、彼の指の独特なタッチが、あの音を生み出したのだろう。
白眉は、第1楽章のカデンツァ。吉田秀和は彼のピアノを「貴族的」と評した。私は貴族というものを概念でしか知らないが、ここに聴こえる孤高で誇り高く濁りのない響きは他では聴くことのできない音だ。全く独特の風味。
この演奏のインパクトは強烈なので、一時期は他の演奏が考えられなくなってしまったものだが、実際にはそんなことはなかった。他の演奏も、始まると同時に、それなりに引き込まれた。
逆に、ミケランジェリの特異性が浮き立つ印象があった。
しかるに、このベートーヴェンでのミケランジェリの演奏は、孤高でかつオンリーワンではあるが、これがなければいけないというほどではない、ということも、なんとなく経験によってわかったのであった。




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