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吉田秀和の「LP300選」

2006.05.24 - 音楽の本
「この本を読んで、人生を知った」。

大げさである。


「この本を読んで、クラシック音楽を理解した」。

うそである。


「この本を読んで、クラシック音楽をより楽しめるようになった」。

このくらいがちょうどいいかな。



小生が本書に出会ったのは、中学生のときだった。
吉田秀和と吉田雅夫との違いもわからない、世間知らずであった
小生が手に取ったのは、確か友人の勧めだったと記憶する。

楽譜の引用はないが、専門的な記述がときどきあり、わからない
ところをスッ飛ばして読んだことは言うまでもない。
それでも、ズブの素人であった小生(今でもだが)にも、音楽史の
おおまかな流れが理解できたのは、著者の文章が面白く、含蓄に
富んだものであるからだろう。
でも、本書の一番の読みどころは、随所に見え隠れする、
著者の独り言のような本音(?)である。
何かといえば、これらの文句を引き合いに出して語り合ったものだ。


何十回と読んだか知れない本書の中で、線引きした部分を紹介します。




「すでにギリシア人は、音響学の研究を通じて、音楽における
音組織の問題を、数学の対象としていた」
 (「オルガスムとモテット」)

「モンテヴェルディこそは、十六世紀から十七世紀にうつる時期の
最大の天才であり、オペラは、彼の手によって真の芸術品になり」
 (「ネーデルランド楽派からイタリア・ルネサンスへ」)

「よほどの篤志家でない限り、クープランを二十六枚かって、
どうするのか、私には、見当もつかない」
 (「イタリアとフランスのバロック」)

「モーツァルトは、おそらく、いかなる世紀にあっても、音の芸術が
革命的に変化しない限り、感性と精神の自由の芸術的感性の象徴
としてのこるのかもしれない」
 (「グルック、ハイドン、モーツァルト」)

「中年男の率直さ」
 (「ベートーヴェン」)

「音色としての音の価値、とくに和音の艶やかさ、あるいは和声の
変化の明暗づけにおいて、飛躍的に新しい次元をひらく」
 (「ロマン派の天才たち」から、シューベルトを評して)

「ショパンの音楽は、たとえときにサロン的なところがあっても、
シューマンみたいに密室的告白ではないのだ」
 (ロマン派の天才たち)

「ヴァーグナーは、絶対に、きかなければならない」
 (ロマン派の天才たち)

「ヨーロッパ三百年にわたって、星の数ほどかかれた近代管弦楽用の
曲の中でも、屈指の名作である」
 (「ドイツの後期ロマン派」から、「ティル・オイレンシュピーゲル
の愉快ないたずら」について)

「私は商売で終りまできく覚悟をつけていた」
 (「ロマン的民族主義」からR・コルサコフ「金鶏」を観た感想)

「私は好きでなくとも、敬意を払う」
 (「ロマン的民族主義」からチャイコフスキーを評して)

「この本を書いたころは、勉強が足りませんでした。フォレは
やっぱり晩年の作品が最高です」
 (「ロマン的民族主義」からフォーレの本文に対する追記)


巻末についている「お勧めLP」は、さすがに古いが、半数以上は
現在でも充分通用する録音だと思う。

吉田秀和全集(7)


※小生の「LP300選」は新潮文庫なのですが、
現在、廃盤らしいです。復刻を望む!


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