田崎悦子のピアノ・リサイタルを聴く。
ブラームス 4つの小品Op.119
ベートーヴェン ピアノ・ソナタ32番
シューベルト ピアノ・ソナタ21番
超重量級プログラムである。気の弱いピアニストならば、眩暈を起こしてしまうのではないか?
去る1997年は、シューベルトの生誕200年とブラームス没後100年、それにベートーヴェンの没後170年が重なったという。そこに田崎はインスピレーションを得て、それぞれの作曲家の最晩年の作品を3回にわけて演奏する。
これが、1回目のチクルス。
それから時を経て、今から3年前。彼女は自宅から南アルプスを見ていてこう感じる。
「ふとこの3人の『晩年』の年をとっくに越えてしまった自分に気付いた。そしたら急に、言い知れぬいとおしさと熱っぽさが体内に静かにうごめき始めるのを感じ、いいじゃない、登らなくたって。見ているだけで美しいのだから、と思った。ただ共存していたい」。
謙遜している。今日の演奏は、共存どころではなく、作曲家の意図の核心に迫るかのようなスゴいものだった。
ベーゼンドルファーを使用していることが関係あるのだろう、音はとても柔らかく優しい暖かみがある。フォルテッシモでも音が濁らないところは名人の証拠。
どの演目も素晴らしかったが、特に面白かったのはベートーヴェン。自在にルバートを操って抑揚をつけ、情感が豊かなもの。テンポといい強弱といい、どの箇所もしっかりと腑に落ちた。1楽章のラスト近くの、高音で鳴らされるトリルとメロディーは星の煌めきを放っていた。冒頭から最後まで涙が溢れるのを止められなかった!
ベートーヴェンの後期のソナタは、もともとグルダやグールドのような、インテンポで速めに過ぎ去る演奏を好む。だが、先日のゼルキンの30番といい田崎の32番といい、自在にテンポを変化させて感情移入を多用する演奏に、強く感銘を受けた。リサイタルという異空間での所作ならではなのか、あるいは自分の趣向が変わったのか。
ブラームスもシューベルトも、丸くて艶のある音でもって、淡い詩情を感じさせる演奏だった。
シューベルトでは、1楽章から3楽章まで、左手のリズムがしっかりと聴こえるように工夫しており、右手のニュアンスを浮き立たせていて見事だった。
NHKのカメラが入っていたので、近いうちに放送があるようだ。
興味があればご覧ください。とても素晴らしい音楽が聴けますよ。
2015年11月14日、上野、東京文化会館小ホールにて。
コテージにて。
重版できました。
「ぶらあぼ」4月号に掲載されました!PR