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"老年の幸福"、プレガルディエン、"美しい水車小屋の娘"

2015.08.16 - シューベルト

ma
 


木原武一の「老年の幸福」を読む。

木原は当代きっての読書家であるが、まさかこの人を取り上げているとは思わなかった。

この欄でよく紹介している「自省録」の訳者は神谷美恵子である。彼女の本業は精神科医だったそう。
彼女は、大学卒業後まもなく肺結核にかかる。戦前のことだから、この病気は不治の病である。医師のすすめる療養所へ行くことを断り、たくさんの本をもってひとりで山での療養生活をする。
「死ぬ前に人類が書いた偉大な書物をなるべく読んでおきたいという大それた願望からである」。
彼女は世界の名著を原語で読むという目標を立て、ギリシャ語を独学し、プラトンやギリシャ悲劇、新訳聖書を読むまでにいたる。
幸い結核は治り、その後医学を学んで、癩病施設で精神科医として働くようになる。

生きがいを見失った患者たちと向き合うことで、ある発見をする。人間が生きがいを持つには、悩むことがひとつの重要な要因となっていることを。
少し長いが引用する。

「苦悩がひとの心の上に及ぼす作用として一般にみとめられるのは、それが反省的思考をうながすという事実である。苦しんでいるとき、精神的エネルギーの多くは行動によって外部に発散されずに、精神の内部に逆流する傾向がある。そこにさまざまの感情や願望や思考の渦がうまれ、ひとはそれに眼をむけさせられ、そこで自己に対面する。人間が真にものを考えるようになるのも、自己にめざめるのも、苦悩を通してはじめて真剣に行われる」。








プレガルディエンのテノール、シュタイアーのフォルテ・ピアノでシューベルトの「美しい水車小屋の娘」を聴く。

プレガルディエンは今現在知る限り、「水車小屋の娘」の録音を2度行っている。今回取り上げるのは、最初のもの。当時35歳。

艶やかな声を生かした、率直な演奏である。若者の恋の喜びと挫折そして死を、淡い詩情を添えて歌い上げている。
ここでのプレガルディエンの歌は、野球の投手の配球で言うならば、ほとんどがストレートである。緩急をつけるといった技はあえて封印しているかのよう。
なので、シュライアーやヴンダーリヒ、あるいはヨゼフ・プロチュカといった歌手たちの、奥行きの深い演奏とはスタイルを異にする。全体を通して薄味と言えるかもしれない。

それでもなお、ときおりこのディスクを取り出さずにはいられないのは、何度聴いても飽きないから。
あと、シュタイアーの伴奏がいい。いまではすっかり巨匠になったが、録音当時は30代。歌に負けず、こちらも瑞々しい。

プレガルディエンは2007年に、ピアノの伴奏で再録音を行っている。こちらも聴いてみたいものだ。


1991年1月、Kloster Macherm,Zeltingerでの録音。




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休憩。





重版できました。




「ぶらあぼ」4月号に掲載されました!







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