樋口隆一指揮明治学院バッハ・アカデミー他の演奏で、バッハの「マタイ受難曲」を聴く。
これは慈愛に満ちたまろやかなバッハ。一夜明けたいまでも、じわじわと優しい余韻が残る。
チェンバロとオルガンを挟んで左右ふたつに分かれたオーケストラは基本的に古楽器を使用していたが、大きなミスはなく、とても自然に演奏された。とくにファゴットはおそらく難しいパートであると思われるが、危なげなく見事に吹ききっていて感銘を受けた。
このオーケストラは名前からして学生オケかと思ったが、パンフレットによれば日本を代表する古楽器奏者を集めた団体なのだそう。たしかに顔ぶれを見ると、学生には見えない人が多かった。
合唱・少女合唱は問答無用にいい。現代の古楽器演奏にしては比較的大きな規模であり、角の丸いふくよかな歌いぶりを聴くのは大変心地よい。このコーラスの優しさが、全体を包み込んでいたように思える。形を少しずつ変えながら何度も現われる例のメロディーなどは、もっとずっと聴いていたかったほど。
エルウィスは、以前CDで「冬の旅」を聴いたときはあまりピンとこなかったが、ここでの福音史家は素晴らしい。声の色合いといい発声の滑らかさといい、彼はこれを歌うために生まれてきたのかと思ってしまう。
イエス、ソプラノ、メゾはいずれも響きのたっぷりとした柔らかい美声を聴かせてくれた。バスは少し硬めでとんがっており、でも悪くはなく、むしろ好対照の存在感を示していた。
顰蹙を承知でいまさら曲に文句を言う。
「バラバ」から「エリエリラマサバクタニ」の間(つまりイエスが登場しないところ)、合唱は文句ないが、アリアはいささか冗長だ。
メンゲルベルクは思い切って部分的にカットしている。が、勢い余って終曲の前に置かれたバスによる素晴らしいアリアもカットしてしまっているので、あれはいけない。
曲そのものをカットするのではなく、反復を省略するなどの措置は、ライヴにおいてはアリなのではないかと思う。
逆に言えば、あの冗長さがあってこそ、最後のバスのアリアとコーラスが引き立つ、ということはあるのだろう。
まあ、というのも「バラバ」で泣いてしまったからその反動とも言えるのだけど。
福音史家、テノール:ジョン・エルウィス
イエス、バリトン:河野克典
ソプラノ:光野孝子
メゾソプラノ:永島陽子
バス:土田悠平
明治学院バッハ・アカデミー合唱団・合奏団
明治学院高等学校ハイグリー部
2016年3月20日、東京、サントリーホール大ホールにて。
朝。
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