トッパン・ホール15周年 室内楽フェスティバルの初日に赴き、シューベルトのリート、ピアノ三重奏曲を聴く(2016年5月15日、トッパン・ホール)
演目は全てシューベルト。
秋 D945
深い悩み D876
わが心に D860
真夜中に D862
森の中で D834
春に D882
ヴィルデマンの丘で D884
あこがれ D879
流れの上で D943
ピアノ三重奏曲2番 変ホ長調 D929
ユリアン・プレガルディエン(テノール)
ラルス・フォークト(ピアノ)
クリスティアン・テツラフ(ヴァイオリン)
ターニャ・テツラフ(チェロ)
ユリアンは、1984年にクリストフの息子として、フランクフルトに生まれた。
楽譜を参照しながらの歌唱はかえって誠実さを感じさせるもの。気高く、透明感を湛えながら伸びる高音は、父親譲りか。細かいパッセージも、滑舌がよいため、聴き取りやすい。
ことに印象に残ったのは、「森のなかで」、「ヴィルデマンの丘で」の、岸壁に突き刺さる荒ぶる波のような激情と、「春に」の夢見るようなセンチメンタル。とってつけたものではなく、あくまで自然な匙加減で、歌唱の幅が広い。
最後の「流れの上で」は、本来ならホルンのオブリガードだが、チェロが奏した。呼吸の深い中音の味わい、これはこれで、一興だと感じた。
これから注目したいテノール。
後半は、ピアノ・トリオ。
3人の演奏を聴いて、やはりこれは、シューベルトの後期の作品群のなかでも最強の音楽のひとつであると、改めて思い知らされた。とくに、最初のふたつの楽章。
演奏は、クリスティアンが主導しているように思えた。上体を激しく動かし、髪をふりみだしてヴァイオリンを弾く様子は、あたかも鬼神のよう。でも、冒頭のふうわりと膨らみのある音色を始め、デリケートなところは惜しみなく披露しつつ、ときには熱いパッションで彩ったリードをみせた。
硬質な響きでもって端正な音楽を奏でるフォークトと、上質の蜂蜜のようにまろやかなターニャのチェロが、万全の構えで支え切った。
1楽章がことのほか素晴らしかった。
第2主題が奏されたとき、あまりの美しさに涙を禁じえなかった。さらに再現部でみっつの楽器が爆発する直前でとった大きな間、ここにシューベルトの底知れぬ闇を感じないではいられず、背筋が凍った。
終楽章の繰り返しの多いところで、いくぶん緊張が緩んだ気配があったが、最後は持ち直し、鮮やかに終結。
今年に聴いたコンサートの中で、これはトップ・クラスに入るだろう。
春。
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