ベートーヴェン「皇帝」 グールド(Pf)ストコフスキー指揮アメリカ交響楽団実家からレコードを引き取って、さて聴こうという段になって音を出してみると左のスピーカーから音が出ない。接触が悪いのかと思ってジャックをグリグリしていたら先っぽの金具が取れてしまったので、レコード・プレイヤーを修理屋に持って行ったのが先週の話。
そして今朝、修理屋へ取りに行き、セッティングをしていざ聴いてみると、やはり左から音が出ない。
悪いのはアンプであった。
また修理屋へ行くのは面倒なので、自力で直すことにした。
ジャックを差し込む穴(なんという名前なのだろう)に爪楊枝に濡れティッシュを巻きつけて掃除。
そしておもむろにラジオペンチを取り出して、穴の周囲の出っ張っているところを強引に挟んでグリグリと押し込む。古いアンプだから壊れたら仕方がないと、けっこう力を入れてグリグリ。
そしてためしにレコードに針を落としてみると、おお、聴こえる。若干左のほうの音量が小さい気もするが、音がでりゃいいやということで左右のバランスを調整して聴けばいいという結論に無理やりもっていった。
また聴こえなくなるのは時間の問題かもしれないけれど、そのときはアンプを買うしかないと腹を括る。
取り出したのはなつかしのLP。
昔読んだ本に、この録音のエピソードが書かれていた。
ストコフスキー「グレン、今日は遅いほうにする?速いほうにする?」
グールド「遅いほうにしますか」
こんなような会話だったと思う。もしかしたら、セリフが逆だったかもしれないがうろ覚えなのであまり自信はない。
ホントかどうかも定かじゃないかもしれないけど、このふたりならなんだかありえそうな話だ。
で、結局この演奏は「遅いほう」に決定したわけだけれど、実際聴いてみると冒頭のカデンツァは遅い。ズッコケるくらいに遅い。途中で止まるのではないかというくらい。
だんだん聴き進むうちに慣れてきて遅さは感じなくなってくる。実際には徐々にマトモなテンポになってきているみたい。
この演奏の聴きどころは2楽章の後半と3楽章だと思う。
2楽章におけるピアノの分散和音とフルートのかけあいの、なんとも穏やかな佇まいがすばらしい。ひんやりと澄み切った美しさがある。
3楽章は最初のロンド主題がよい。ことに左手の打鍵が明瞭に聴こえるために強いダイナミズムを感じる。
ひとつひとつの音が粒だって聴こえるところは、テンポの遅さに要因があるのだろう。
ジャケットではグールドとストコフスキーが違う方向を向いている。両者の演奏スタイルを象徴しているとは穿った見方かもしれないが、この録音ではじつに息が合っている。
1966年3月、ニューヨーク、マンハッタン・センターでの録音
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