シューマン「詩人の恋」 ヨゼフ・プロチュカ(T) ヘルムート・ドイチュ(Pf)原宏一の「床下仙人」を読む。
主人公は会社員。激務のため、毎日の帰宅は午前様。ローンを組んで手に入れたマイホームは郊外の駅からバス通い、会社まで2時間通勤である。土日は接待で家にいる時間がとれない。家庭サービスはできないが、上司に嫌味を言われながらも仕事に邁進するのはなにより家族のため。
そんな主人公の末路は。
帯には「これは現代版カフカの『変身』だ」とある。会社人間の悲喜劇を描くということでは共通するかもしれない。
ヨゼフ・プロチュカといえば、シューベルトの「水車小屋」の熱演が忘れられない。
主人公にどっぷり感情移入した歌いぶりは、溌剌としていてどこか滑稽な、弱い男の心情を語ってやまない演奏であった。
ときには世界の幸福が全部自分にあるように喜んだりときには恋人を激しく責めたりと、感情の起伏が大きい開放的な歌として強く記憶に残っている。
そのプロチュカが歌う「詩人の恋」を聴く。ピアノはシューベルトと同じくヘルムート・ドイチュ。
なめらかで毅然とした声はここでも好調。ゆったりとしたテンポなので、声のつやが際立つ。「美しい5月」から心もちヴィヴラートを強くかけていて、それがあたかも主人公のはかない気持ちを湛えているようだ。
「恨みはしない」でもテンポを広くとって、じっくりと歌いあげている。耐えがたきを耐えて激昂する直前で抑えた歌いぶりがせつない。「古い忌わしい歌」でも美声は冴えている。ここでは冷え冷えとした諦念がうら寂しい。
ドイチュは、ところどころで奏でる弱音が美しい。考え抜かれた繊細な伴奏である。
いい演奏である。この曲はテノールによるものが好みだ。
春の到来に思いをはせたい。
1987年5月、ドイツ、バド・ウラッハでの録音。
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