バックハウス 「最後の演奏会」ダグラス・ケネディ(中川聖訳)の「仕事くれ。」を読む。
この本の宣伝文にこう書いてあった。
「血と涙に彩られた再就職サスペンス」
涙はわかるが、再就職に「血」とはなんぞや。これにそそられて読み始めた。
前半は、山あり谷ありのビジネス小説仕立てになっている。さしずめ、江波戸哲夫とか高任和夫あたりのアメリカ版といった風情。普通に面白い。
それが後半に入ると、じょじょに暗雲が立ちこみはじめる。なんだこれは、と思いつつ読み進めていくと、やがてとんでもない展開に。
コピーに偽りはなかった。
ジェットコースターのような展開にとまどうところがあったが、面白いので一気に読める。
翻訳がわかりやすいところも効いているようだ。
バックハウスの最後のリサイタルから、シューベルトを聴く。
1969年6月28日の文字通り最後の演奏会では、体調不良のために当初に予定されていたベートーヴェンの18番ソナタを、3楽章までで断念したことは有名な話だ。
その直後、拍手が鳴りやまないまま、なにげなくシューマン「幻想小曲集」の「夕べに」が弾かれている。続けて同じ曲集の「なぜに?」が弾かれ、大トリが即興曲(142-2)という順番になっている。
この曲は、前回(6月26日)の最後にも弾かれている。このCDには両方が収録されていて、聴き比べることができるわけだけど、演奏そのものの完成度は26日のほうが明らかに高い。音色に潤いがあるし、テンポも安定している。
それに対して、28日のものは、別人のように衰えが感じられる。悪く言えば音に覇気がなく、良く言えば枯れた味わいがある、といった感じ。たった二日の違いで、こんなに変わるものなのか。体調面の悪化なのか、モチベーションの低下なのか、与り知らない。
ただ、音楽としては前者のほうがよいと思うものの、「最後の」という物語がついた途端に、慈しみを感じるのは人情であるな。
バックハウスは、この演奏会の一週間後に亡くなっている。とても好きなピアニストというわけではないけれども、これは本当の晩年の、貴重な記録だということは間違いない。
1969年6月28日、オーストリア、オシアッハでのライヴ録音。
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