シューベルト「冬の旅」 クリスタ・ルートヴィヒ(Ms) ジェームス・レヴァイン(Pf)今の季節にこれはないだろうと自嘲しながら「冬の旅」を聴く。
20年以上前の学生時代、友人と二人で房総の海へドライブに行ったことがある。親父の車にはカーステはおろか、エアコンもついていない代物だったので、窓は全開でラジカセを持ち込んだ。
そのときに選んだカセットがよりによって「冬の旅」。エアチェックしたシュライアーの歌によるものだった。
なぜこの曲を選んだのか?暗い曲を好きだったから。
片道に2時間かかるから、じゅうぶんに全曲を通して聴くことができた。
やがて九十九里浜へ着き、泳ぐわけでもなく日光浴をするわけでもなく、おもむろにキャッチボールを始めたものだ。
そして帰りも「冬の旅」。
暗い青春である。
ルートヴィヒのこの録音は、女性歌手による「冬の旅」のはしりとなるものだろう。歌詞の内容や曲そのものの重苦しい色調から、女性歌手がこの曲を歌うことを想定していなかったものだが、聴いてみると違和感はない。
ルートヴィヒの掘り下げの深い解釈と呼吸のたっぷりとした歌唱がきいている。
レヴァインのピアノは明快。フットワークがよく、色調は明るめ。
全24曲に渡ってムラがなく質が高いが、特に気に入ったのは7曲目「川の上で」。ひとつひとつの言葉を噛み締めるような語り口であり、かつ流れるような歌いぶりがいい。12曲目「孤独」における多彩な表情も魅力。
曲によって微妙に、巧妙に表情を変化させるところ、ルートヴィヒの技は細やかだ。それぞれ深度は異なるものの、心の深いところに届く歌である。
声そのものが華やかなのは女性ならではだ。ホッターやディースカウはもちろん、シュライアーと比べてもそれは歴然としている。それは華やかといってもいいもので、青春のように暗いこれらの歌にあたかも紅が差すかのように際立っている。
技術の確かさ、表情の多彩さにおいて、このルートヴィヒの歌唱は実によく練られたもの。これだけ幅の広い歌を聴かせてくれる歌手は、メゾソプラノのなかではもちろん、男声を含めてもそうは見当たらない。それぞれの曲の完成度は傑出したものだ。
それにも関わらず、全曲を通して聴いたあとに、ほんのわずかな食い足りなさが残る。これがなんなのか、なにが足りていないのか、よくわからない。
1986年12月、ウイーン楽友協会、ブラームス・ザールでの録音。
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