シューベルト「美しい水車小屋の娘」
吉田浩之(テノール)
鈴木大介(ギター)10年くらい前、結果的にたしかプライの最後の来日公演のときに、「美しい水車小屋の娘」をやったことがあった。
これを聴くのが楽しみで、発売してすぐチケットを取って、首を長くして待っていたのだ。
ところが、当日になってやんごとなき急用ができて涙をのんだことがあって、それ以来、ケチがついてしまったというか、まだ一度も「水車小屋」を生で聴いたことがないのだった。
いっぽう、「冬の旅」は何度か聴いている。どちらかといえば演奏会に取り上げられるのは「冬の旅」のほうがずっと多いように思える。数えたことはないけれど、じっさいに多いのではないだろうか。
そういうこともあって、この演奏会はずっと楽しみだった。
今回の「ラ・フォル・ジュルネ」のなかで一番聴きたい演目で、伴奏がギターというところもうれしいところだ。
5月5日の当日になって、なんだかだるいと思ったら37度と少し、発熱していたが、内服液と錠剤をすすりこんでなんとか有楽町へ。
この前の演奏会はパスしてしまってもったいなかったが、このリサイタルはどうにかすべりこむことができた。
演奏は、予想以上に素晴らしかったといえる。
不勉強にして吉田というテノール歌手を知らなかったが、つやがあって柔らかく若々しい声の持ち主で、技巧も申し分なかったと思う。
いきなり、冒頭の1節目の音程がはずれていたので、一瞬、これはどうなることやらと思ったが、そのあとは完全に立ち直って、最後まで安定感のある歌を聴かせてくれた。
テンポの変化や感情の表現が比較的おだやかだったのは、伴奏がギターだったからかも知れない。
でも、ここぞという時に爆発した青春の発露には、失恋する男のつらさを生々しく感じないわけにいかなかった。
欲を言えば、暗譜で歌って欲しかった。常に斜め下を見ながらの歌唱だと、観客に対する訴えが弱くなる。
若者の魂の叫びを正面を向いて歌ったならば、感動はもっと大きくなったに違いない。
鈴木のギターはなんとも繊細で優美。
ときおりポルタメントをきかせながら、ほんのり甘口に仕上げるところは、ちょっとブリームのバッハに似ているような気もするが、こちらのほうがだいぶ柔らかい。
ピアノのような激しいアタックはなく、とても穏やかである。穏やかななかに、ギターが小川であるところの自然の包容力といったものがあるように感じた。
国際フォーラムのホール「B5」。大会議室に毛がはえたような部屋で、相変わらず音響はよろしくない。
歌手にとってはなかなか難しい環境だったに違いない。
ただ、小さいところだったため、ギターの弱音もじゅうぶんに聴きとれるところはよかった。
2008年5月5日、東京国際フォーラム「ホールB5」
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