白石一文の「草にすわる」を読む。
これは、大企業を辞めてぶらぶらしている主人公が女と心中未遂をはかり、病院のなかで人生について改めて思いを馳せる物語。
本作の初版は、2003年だから、著者が40代半ばの頃の作品ということになる。主人公は30歳くらいの設定であるが、内容は上に書いたように、けっこう青臭い。
けれど、その青臭さが白石の持ち味とも言え、嫌いではない。なにか、妙な魅力がある。
これから先も、青臭い話を書き続けて欲しいものだ。
ショルティの指揮でワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」を聴く。
これは骨太な演奏。柔らかくて豊満なオーケストラ、力が漲るコーラス、そして当時当代一であったニルソンの肉厚の歌唱。
4時間という時間に加えてこのボリュームだから、聴いた後に疲労がないわけではない。けれども当然、ずっしりとした手ごたえがある。
ショルティは録音当時40代であるから、血気盛んな頃であるが、意外におとなしい。もちろん、鳴らすべきところではガンガン鳴らせているけれども、鋭角的ではない。並行して動いていた「ラインの黄金」のほうはかなり尖っていたから、これはオーケストラが云々というわけではなさそうである。
ショルティが、このオペラを演奏するにあたって、厚くて太い音を志向した、ということだろう。
この曲は長いから、あまり多くの演奏を聴いているわけではない。
フルトヴェングラー/フィルハーモニア、ベーム/バイロイト、クライバー/ドレスデン、バレンボイム/バイロイト、といったところくらい。それらの中で、オーケストラの響きの多彩さは、このショルティ盤が隋一と思われる。
歌手では、やはりニルソンがいい。ベーム盤での劇的さが控えめなのは、セッションだからだろう。余裕たっぷり、貫禄満点。
ウールはまずまず。悪くはないが、地味である。トリスタンの存在感はやや希薄。
クラウゼはいい。声そのものが美しいし、雰囲気がある。
この演奏を聴くにあたり、ちょくちょくとベーム盤、それとクライバー盤を聴いていた。当たり前だが、どれもそれぞれ持ち味が異なる。そうしてこのショルティ盤もまた、好きな演奏のひとつに加えることは吝かではないという気持ちになった。
ベームとクライバーについては、また機会があったら、書いてみたい。
ビルギット・ニルソン(イゾルデ)
フリッツ・ウール(トリスタン)
レジーナ・レズニック(ブランゲーネ)
トム・クラウゼ(クルヴェナール)
アルノルト・ヴァン・ミル(マルケ王)
ヴァルデマール・クメント(水夫)
エルンスト・コツープ(メロート)
ペーター・クライン(牧童)
テオドール・キルシュビヒラー(舵手)
ウィーン楽友協会合唱団(合唱指揮:ラインホルト・シュミット)
1960年9月、ウイーン、ゾフィエンザールでの録音。
夕暮れ。
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