シューベルト歌曲集 白井光子(Ms) ハルトムート・ヘル(Pf)勝谷誠彦の「麺道一直線」を読む。
全国の麺を求めて北海道から沖縄、さらには韓国まで飛び回る旅。
横手の焼きそば、熊本の太平燕、鳥取の素ラーメン、長崎のチャンポン、苫小牧のカレーラーメン、沖縄のソーキソバ…。どれもうまそうで読んでいると腹が減ってくる。
なかでも印象的なのは、稲庭うどんに関するところ。
「宝石だ。私は故宮博物院でみた碧玉をとっさに思う。透明なる曇りという、表現したがい麺が、中に光を閉じ込めている。汁につけ、すすり込む。これは、もはや麺ではない。食物ですらない。」
少し前のこと、近所の方から秋田土産の稲庭うどんを頂いたので食べてみたところ、想像以上のうまさに驚いた。
うどんにしてはやや細めであり、そのなめらかさはちょっと今まで体験したことのないものだった。
ただ細いだけのうどんであれば、よくスーパーで買っているのだが、いつも食べているものとは一線を画していた。同じ乾麺でも、こんなに違うものか。
讃岐の歯応えに対して稲庭の喉ごし。同じうどんでもこんなに違うものかとなんだか不思議であり、「麺道」の奥行きを垣間見る。
白井とヘルのシューベルト歌曲集は、やや渋めの選曲。
どれも一聴とっつきやすいとはいいにくい曲であるが、何度か聴くうちにじわじわと音楽を聴くヨロコビが湧き上がってくる。これらを聴くと私は何故か、雨の深夜のアスファルト匂い、といったような都会の緊張感と浮遊感といったようなものを感じるのだ。
それにしてもリートを聴くと、ひとりの歌手とビア二ストとの組み合わせは、演奏の形態として究極のものではないかと思える。歌と伴奏、これが音楽の基本なのではなかろうか。クラシックに限らず、日本の歌謡曲だってそうではないか。適度に孤独な絵面も素晴らしい。
とかいって、ブルックナーやマーラーを聴けば「やっぱ四管だよな」などと平気でのたまうのだが。
ひとつひとつの曲でいえば、『夜と夢』における深い霧のような幻想味、『秘密』のあでやかさ、『臨終を告げる鐘』の威厳、『あなたは私を愛していない』の悲痛さが印象的。
語り手の嬉しさや悲しさや色気が、生々しく伝わってくる。
白井は伸びのある陰影深い声が素晴らしい。ひとつひとつの音符を実に丁寧に積み上げてゆくところ、曲に対する愛着を感じないではいられない。
ヘルのピアノはすみずみまで表情豊かであり、なおかつ歌にぴったりとよりそったもので、歌手とのブレを微塵も感じさせない。シューベルトのソナタをやっても高いレベルの演奏は保証されるであろう弾きぶりだ。当代一、二を争うくらいの伴奏と言える。
1. 若者と死 (シュバウン)
2. 夜と夢 (コリン)
3. 悲しみ (コリン)
4. 秘密 (マイアホーファー)
5. 夕星 (マイアホーファー)
6. 解消 (マイアホーファー)
7. 星 (シュレーゲル)
8. 少女 (シュレーゲル)
9. 蝶 (シュレーゲル)
10. ばら (シュレーゲル)
11. 臨終を告げる鐘 (ザイドル)
12. 窓辺で (ザイドル)
13. マリー (ノヴァーリス)
14. 美と愛がここにいたことを (リュッケルト)
15. 若い尼僧 (ヤケルッタ)
16. 盲目の少年 (ヤケルッタ)
17. 恋はあざむいた (プラーテン)
18. あなたは私を愛していない (プラーテン)
19. 月に寄せて (ゲーテ)
1988年5月、ハイデルベルクでの録音。
PR