アルトゥーロ・トスカニーニ指揮 NBC交響楽団梅崎春生の「赤い駱駝」を読む。
これは、戦闘シーンのない戦争の物語。終戦時の喪失感と混乱を描いていて秀逸。ラジオから流れる天皇の声で戦争の終結を知って、発狂した海軍少尉が主人公である。軍人にとっての終戦のショックが、冒頭に書かれているエピソードが象徴している。長い間潜水艦に搭乗していた兵隊が、久しぶりに陸に上がって新鮮な空気を吸い込んだ時の話である。
「ぐっと吸いこんで、どんなにか美味いだろうと思うだろ。ところがそうじゃないんだ。吸いこんだとたんに、げっと嘔気がこみあげて、油汗が流れるぞ。そりゃ手荒くいやな気持だぜ。てんで咽喉が新しい空気をうけつけないんだ。一分間ぐらいそれが続く。やっと咽喉や肺が慣れて、それからほんとに、空気というやつは美味いなあ、と判ってくるんだ。こいつはやはり経験した者じゃなければ、この味は判らないだろ」。
ヴェルディの「ファルスタッフ」は、ジュリーニの演奏を長く好んで聴いていた。彼がロサンゼルス・フィルを振って残した唯一のオペラ録音である。
それが発売された前後に、カラヤンがウイーン・フィルを指揮した新録音も登場した。こちらはタイトル・ロールに熟年のタディを起用して話題になったものだ。前者はゆったりとした佇まいのなかにアンサンブルの妙味を浮き立たせた好演だし、後者は勢いのある華やかなもので、どちらも甲乙つけがたい。
「ファルスタッフ」については、永らくこのふたつ演奏でじゅうぶん満足していた。トスカニーニを聴くまでは。
なにしろオーケストラが凄い、スゴすぎる。冒頭からエンジン全開であり、すべての声部がうなりをあげて突き進む。メリハリがかなり効いていて、なかでも金管はかなり押しの強い。けれども荒っぽさがないのは、合奏が磨き抜かれているから。テンポは全体的に速め、グイグイ推進する。幕切れで拍手が起こった時に「これはライヴなのだ」と重ねて驚嘆。昔、「切れば血の吹き出るような」なんて表現があったが、それはこの演奏にこそふさわしい。
ヴァルデンゴの伸びのある声は直球勝負、端正でありながら深い歌。ネッリの艶やかさも素晴らしい。歌手は総じて素晴らしいけれども、この演奏においては、トスカニーニが統率するアンサンブルのひとつのパートとして機能しているように思える。
ジュリーニもカラヤンもかなり高レベルだと思うが、これはちょっと尋常ではないなあ。「いまさらなにをいってるの」なんて言われそうだが、初めて聴いたんだから仕方がないよと言い訳するしかないのダ。
ジュゼッペ・ヴァルデンゴ(Br)
ヘルヴァ・ネッリ(S)
テレサ・シュティヒ=ランダル(S)
クローエ・エルモ(MS)
ナン・メリマン(MS)、他
ロバート・ショウ合唱団
1950年4月の録音。
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