モントゥー指揮サンフランシスコ交響楽団高橋秀実の「トラウマの国ニッポン」を読む。
世間で勃発している「少し」気になる出来事を取材させたら、右に出るものはないだろう。マスコミで大きく話題になっているわけではないけど自分にもうっすら関係がありそうな、身近なテーマに対してゆるゆると迫る。
「自分がはっきりしない」という著者のつっこみは、対象から一歩引いた目線から放たれる。「本当の自分さがし」、「ゆとり教育」、「仕事の資格」、「田舎暮らし」といったテーマについてルポするが、それが正しいことなのか、違うのならばじゃあなにをするべきなのか、著者はハッキリとした意見を述べない。
そのよくわからなさ、よくわかる。
「将来なにになりたいかわからない」子供に対して、なにを言えばいいのか。そもそも、それは間違ったことなのか。
子供たちに取材をしたら、逆に質問責めにあったり、トラウマのグループ・セラピーに参加したのはいいが、話すことがなにもなくて困ったり、ちょっと頼りないところが、なぜかかえって信頼できる。
モントゥーによる「牧歌」は、木管のカラッとして明るいソロが聴きどころ。とくに、フルート、オーボエ、クラリネットはとても雄弁だ。対向配置の弦はいくぶん細めの書きっぷり、しなやかでよい。
モントゥーのアシスタントを務めたデヴィッド・ジンマンによれば、モントゥーはこのオーケストラをあまり大きく評価はしていなかったようだ。
ある日、助手たちが師匠の家に集まってレコードを聴いていて、とあるところで感嘆の声をあげたら、サンタクロースのように眠っていたモントゥーが目を覚まして、笑いながらこう言った。
「これは、サンフランシスコじゃない。もしそうなら、ホルンはあの高音をはずしただろうし、トランペットはあそこでいつものようにはずしたはずだ。」
この演奏はスタジオ録音だから、さすがにそういうことはない。ホルンもトランペットも、キッチリ吹き切っている。
1960年1月24日、サンフランシスコ、カリフォルニア・ホールでの録音。
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