テンシュテット指揮ロンドン・フィル車谷長吉の「世界一周恐怖航海記」を読む。
あの車谷が客船で世界一周旅行。似合わない。きっと、周囲の人々の旅の華やぎを横目に見つつ、ひとり厭世感を漂わせているのだろうと想像したが、間違いではなかった。出版社持ちの取材費ではなく、自腹を切っているところはサスガ。
世界のどこに行ったって、そう簡単に楽しむことはないのだろうと読み進めると、ちょうど旅の半ば頃、パタゴニアの氷河を訪れるシーンがある。
「太古の風景だ。原始の光景だ。気温、零下三度ぐらい。夏なのに。感動で胸が慄える。この旅に来て、よかった。雨が来て、晴れると、虹が立った」
車谷が感動するなんて。変な尺度だけど。よほどすごいところなのだろう。気になるパタゴニア。
テンシュテットが日本に来たのは、この1984年の一回きりだった。
私はブルックナーの4番の日を聴きに行ったが、それはマーラーの公演を入手できなかったからである。
そのマーラーを聴きに行った友人の話によれば、それは実に感動的な演奏であり、レコードのヘタレ演奏とは別物だとのたまっていた。
当該レコードとは、テンシュテットが最初に入れたEMIの録音のことである。これがヘタレなのかどうか、確かに縦の線はカッチリ揃っていないところがあるために、ショルティ的爽快感は薄いものの、細部に拘泥しつつ濃厚に仕上げたいい演奏だった。
それを上回るとなればそれは確かにのっぴきならないものだとつらつら思って25年。
このCDは東京公演ではないものの、大した違いのない演奏を聴くことができるだろう。
ロンドンフィルは相変わらずうまい。録音が比較的デッドなので瑕疵を見つけやすいにも関わらす、明らかなミスはごく少ない。情感がほんのりと漂う。無機的に響くところはなくて、いつもなにかしら表情を感じる、豊かな弾きぶりである。
技術的にも高いことは、大ラスのホルンの追い込みと、弦の明快なピチカートを聴けばわかる。
テンシュテットは濃厚だが、録音の具合で中和されたせいか、わりとあっさりとした後味。
同じ年に収録された「ロマンティック」でも感じたけれど、このオーケストラは、やはりいい。ことに情緒深いところは、トップクラスではないだろうか。
1984年4月13日、大阪フェスティバルホールでの録音。
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車谷さん、この本によると、いまでも街中で平然と立ちションするらしいです。昔はそういう人けっこういましたが、最近は酔っ払いくらいです。フツウでないとは思っていましたが。
テンシュテットのこの公演はけっこう評判の高いものでした。実際聴いてみると、かなり完成度が高いです。録音がデッドなのに、各楽器は潤っているように思います。怒涛のラストに興奮しました。