モーツァルト ピアノ・ソナタ集 アリア・ジョアン・ピリス(Pf)太宰治の「ヴィヨンの妻」を読む。
女たらしで金にだらしのない旦那をもつ女房の苦労話。ひとことで言ってしまえばそれまでだが、なんともいえないペーソスが全体に溢れている。
それは何かというと、人情ではないかと思う。
盗まれた金を取りに来た酒屋の夫婦を筆頭に、出版社の社員、酒を呑んでくだを巻く客。そして、女房を犯した男までが、実に濃厚な人間臭を放っている。でもそれはけっしていやな匂いではない。なんだか懐かしく、くすんだ匂いがするのである。
ピリスの弾くモーツァルトのピアノ・ソナタ11番を聴く。
1楽章はじっくりとひとつひとつの音を味わうかのような出だし。なめらかなところもあり、コロコロと粒立ちがいいところもあり。なにげない表情の移り変わりが繊細。反復しているせいか全体で14分かけていて、ちょっとした大曲の様相。
2楽章は軽快なテンポ。ポカポカ陽気に勝手知ったる気に入りの街を速足で歩いているような風情。
3楽章は、ちょっとびっくりするほど、ゆっくりとした足取りで進んでゆく。こういうモーツァルトをやる人がグールドの他にもいたのだな。「行進曲」という副題はここではあんまり関係ないようだ。
この曲で、こんなにぶ厚い演奏は珍しいと思う。
1974年1,2月、東京、イイノ・ホールでの録音
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