マーラー交響曲第7番 クーベリック指揮バイエルン放送交響楽団太田光と中沢新一の「憲法九条を世界遺産に」を読む。
テレビと同様にいきり立つ太田と、それを包み込むように共感する中沢。
九条を擁護する弁説はまったく論理的ではないものの、感覚的に捉えるところにユーモアの英知があるのかも。
全体に中沢のウンチクがまんべんなく披露される。これは孫引きだけど面白い話。
『京都に日蓮宗の寺と浄土宗の寺が道をはさんで向かい合わせにあった。この寺同士がものすごく仲が悪くて、お互いに悪口を言い合っている。悪口を言うだけでは気がすまなくなって、日蓮宗のお坊さんたちは、法然と名づけた犬を飼っていじめた。「法然のバカ」とか言って、みんなでこづき回す。それを見ていた浄土宗の寺のお坊さんが、何くそと日蓮と名づけた犬を飼っていじめ始めた。ところがある日、日蓮という犬と法然という犬が道でばったり出くわして、大ゲンカを始めたわけです。そうしたら、日蓮宗のお坊さんたちが、「法然頑張れ」、浄土宗のほうは「日蓮頑張れ」と応援しちゃった(笑)。そのうち、はっと気がついて、お互い反目をやめたというお話』。
久しぶりにクーベリックのマーラーを聴く。
これで、DGでの全集の5番以降は全て聴いたことになるが、この7番も期待通りのいい演奏。
私がマーラーを聴き始めた頃は、アバドとかメータとかテンシュテットたちが台頭してきた時代。
クーベリックのものは、ひと昔前のグループに括られていて、それと同じ頃のショルティやバーンスタインの強烈な個性に比べてしまうと、どちらかといえば影が薄かったものだ。
でも、こうしてじっくりと聴いてみると、数多くのマーラーを得意とする指揮者に比べても劣るところがない。
録音もクリアーで、じゅうぶんに聴くことができるどころか、まず第一に推したいくらいのものだ。
この7番の演奏では、まんなかの3つの楽章が特にいい。
ソロ楽器の雄弁さ、合奏の精緻さ、そして中庸なテンポと過多な感情を抑えた柔らかい表情。
そこにはつねに理知的な眼差しを感じるが、淡い情感が木漏れ日のように射している。
クーベリックの演奏では、オーケストレーションの色使いが実に淡くて細やかなことが手に取るようによくわかる。この曲がマーラーの純粋な管弦楽曲としてのひとつのピークになる作品であることを感じるのだ。
1970年11月26-27日、ミュンヘンでの録音。
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