エドガー・アラン・ポー(巽孝之訳)の「黄金虫」を読む。
「もしも君のほうでどうにか都合が付くようでならば、どうかジュピターと一緒に来てくれたまえ。ぜひとも。ぼくは今夜にでも重要な仕事のことで君と会いたいのだ。これは最重要の仕事なのだ。」
これは、ポーの暗号小説。文学史上、最初の暗号小説とされる。そして、たんに暗号を解くだけではなく、いくつかの仕掛けが施されている。
登場人物は、探偵役のルグランとその使用人であるジュピター、そして語り手の3人のみ。それぞれの描写は彼らの人間臭さをじゅうぶんにあらわしていて、それがお話の妙味になっている。
「最重要の仕事」の意味は、読んでいくとわかる。まったく、これほど重要な仕事もないもの!
暗号は、以下の通り。
53‡‡†305))6*;4826)4‡.)4‡);806*;48†8
¶60))85;1‡(;:‡*8†83(88)5*†;46(;88*96
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1;48†85;4)485†528806*81(‡9;48;(88;4
(‡?34;48)4‡;161;:188;‡?;
なにがなにやらサッパリわからないものが、ルグランの手によって解き明かされるくだりは、臨場感たっぷり。
ペーター・レーゼルのピアノで、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ29番「ハンマー・クラヴィーア」を聴く(1979年5月12月、ドレスデン、ルカ教会での録音)。
レーゼルのピアノ、生を一度だけ聴いた。ブラームスとシューマンとシューベルト。硬質な響きが清廉であり、淡いロマンがそこかしこに立ちのぼるピアノだった。
テクニックの高さを含め、現代最高のピアニストのひとりだと思う。
その彼がまだ若い頃に入れたベートーヴェン、大きな期待をした。果たして、予想通りの出来。
1楽章は、やや遅めに、じっくりと弾いている。細かなパッセージがひとつひとつハッキリと聴こえるあたりはレーゼルらしい。そしてフォルテシモでも、音はピーンと張り詰めていて透明感がある。
2楽章を闊達に駆け抜け、アダージョ楽章はやはり比較的ゆっくりとしたテンポ。冬の空のようにクッキリしたピアノは、ケレン味がいっさいなく、明晰。とりわけ、高音域が鮮やか。仄かな抒情が匂い立つ。
ゆらり始まる4楽章は、妖気が漂う。いかにも、ただでは済まない雰囲気。実際、この演奏の白眉であった。
フーガが始まる。快速なテンポ。すべての音が、屈託なく、山の湧水のように自然に溢れ出ている。濁りのない音は、快感ですらある。
いったん落ち着いてから、また激しいフーガが再開されると、切れ味にいっそう拍車がかかる。めくるめく音世界が展開され、痺れないわけにいかない。
ラストの和音はじっくり溜めて弾き切る。
名演である。
春。
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