アンドラーシュ・シフのピアノでベートーヴェンの「ディアベリ変奏曲」を聴く。
先週に「1921年製作べヒシュタイン」による演奏に続き、1820年頃に製造されたベートーヴェン・ハウスのフォルテ・ピアノによる演奏を聴く。
シフがベートーヴェンの作品をフォルテ・ピアノで弾いて録音したのは、知る限りではこの「ハンマー・クラヴィーア」と同じCDに収録されている「バガテル」だけである。
なぜ急にフォルテ・ピアノを使うのか? それは、シフのこの言葉に集約されるのかもしれない。「このような傑作は何度も何度も繰り返して聴く必要があります。我々演奏家にしても、生涯を通じてその秘密を理解しようと努めなければならないのです」。
ただそうなると、これまでに録音されたソナタの立場はどうなるのか。
話は映画のことになるが、シフのこうした行為は、スコセッシ監督の「レイジング・ブル」という映画を想起させる。
スコセッシはこの映画をモノクロで撮影した。その理由は、カラーだと年を経るに伴って色褪せる、というような理由だった。確かに、白黒で描かれたボクサーの映像は美しく、カラーに比べても遜色はないように感じたものだ。
しかし、スコセッシはこの次の作品以降、ずっとカラーで映画を撮り続けている。
シフも、おそらく、今後ベートーヴェンを弾くときは現代ピアノを使うであろう。そのことは、ピアニストあるいは映画作家の気まぐれだった、と考えられなくもない。それはそれで責める理由はない。
ただ、この「ディアベリ」は「レイジング・ブル」と同様に素晴らしい。
一つ一つの変奏が、ほぼ均等に、ある種の緊張感を湛えて奏されている。フォルテ・ピアノの響きも美しい。マッシヴな音になるとベヒシュタインには敵わないものの、音色の多彩さ、表情の豊かさでは引けをとらない。
そしてなんといっても、全曲を通して、飽きさせないで聴かせるのだ。これは、この曲の演奏を吟味する上で、大きなアドバンテージになる。
シフは、この2枚のCDによって、「ディアベリ」の魅力を多用な角度から照射している。それは、私をも照らしてくれた。
2012年7月、ボン、ベートーヴェン・ハウスでの録音。
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