ヘンデル「メサイア」 クレオバリー指揮ブランデンブルク・コンソート大岡昇平の「来宮心中」を読む。
農機具製造工場を営む男と、バーの女給との不倫。
逃避行を続けるうち、やがて周囲にも知れ渡り、親兄弟から激しく咎められる。
そういうときに度胸が座るのは、女だ。最初のうちは、女の打算と男の打算が交錯するが、男は、やがてだんだんとしぼんでくる。未練がましくなってくる。それに対して女は腹が据わっている。
「乞食をしてもいいから、一緒に暮らしましょうか」と言われて男は怯む。そういう男の表情を女は見逃さない。
ここぞといったときの女の根性のすごさがあらためてわかるのだ。
これはコワイ。
クレオバリーのヘンデルは、おおらかで楽しい演奏。
管弦楽も合唱も、精緻というよりはほどよく甘いものなので、技術的にいえばアマチュアっぽい素直さがある気がする。
アマチュア的精神とかいう言葉があるけれども、それが温かみをあらわすものであるなら、この演奏はそれにふさわしいかもしれない。
ソロはみんな普通にいい。これといった特色はないのだけど、音程もいいし、声も悪くない。ソリストの自己主張がすごく薄いので、これは誰だ、というようなオドロキはない。
だけど、全体の演奏にこれだけ溶け込んでいる歌もないもので、違和感は皆無である。どこを切り取って聴いてみてもしっくりくる。
特筆は、少年合唱。ふんわりと柔らかで透明な声だ。これが登場すると、じわじわと華やかになる。
管弦楽はピリオド奏法だと思うが、アクが少なく、聴きやすい。モダン楽器との差別化を図るような攻撃的なものではなく、いかにも自然に身についたというような風情がある。
会場の熱気やヒトの気配がないために、ライヴ録音であることはちょっとわかりづらかった。「ハレルヤ」と「ラッパが鳴りて」でトランペットがコケていなければ、最後までスタジオだと思っていただろう。
それくらい安定感のある演奏でもある。
バランスのよさ、中庸さが、最初から最後まで一貫して保たれているから、それはひとつの堅固なスタイルと受け取れるのだ。
ステファン・クレオバリー指揮
ブランデンブルク・コンソート
ケンブリッジ・キングス・カレッジ合唱団
リン・ドーソン(S)
ヒラリー・サマーズ(A)
ジョン・マーク・エインズリー(T)
アラステアー・マイルズ(B)
1994年、オランダでの録音。
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