O・ヘンリー(小川高義訳)の「ハーグレーヴズの一人二役」を読む。
老軍人とその娘がワシントンのアパートに暮らすことになった。老軍人は元少佐で、回顧録を書いており、近々それを出版して生計にあてようと考えている。娘は、いそいそと家事に取り組む日々。
少佐は南部のアメリカ出身。立ち居振る舞いは独特で、いかにも時代がかったもの。
やがて、同じアパートに役者の卵が入居する。なかなか感じのいい青年。しばらくして、少佐と娘が気晴らしに劇場に顔を出すと、偶然にもあの青年が出演している。ところが、彼は少佐の振る舞いを完全に模倣した演技で、拍手大喝采。少佐はカンカン。
回顧録の進捗がよくないため、少佐家族は困窮に陥る。そんななか、例の役者の青年が用立てを申し入れるが、気を悪くしたままの少佐は、この申し出をけんもほろろに断る。
少佐家族がいよいよ困ってきたところ、思いもよらないところから助け舟がやってくる・・・・・・。
読み終えて見れば、いかにもO・ヘンリーといった作品だが、私は最後までトリックがわからなかった。幸せな奴だ。
この短編は光文社古典新訳文庫には収録されていないので、ご興味があれば新潮文庫でお読みください。
ヨッフム指揮バンベルク交響楽団の演奏で、ブルックナーの交響曲8番を聴く。
これは東京公演のライヴ録音。
自慢であるが、私はこの公演に行っている。忘れもしない、高校3年のときである。中学時代の友人3人でNHKホールに赴いた。元の席は3階の後方だったのだが、開演の直前になり前方のカメラ席付近に空きがあることを見つけ、3人揃って速攻で席を移ったことを、今も鮮明に覚えている。10メートル以上は前進しただろう。それは果たしてよかった。
ライナー・ノートに山崎浩太郎がこの演奏会の感想を書いている。「はるか下方で音楽が鳴っているのを、のぞきこんでいるだけの時間だった」。彼は我々の後ろにいたらしい。十数メートルの差は大きかったようだ。
当時聴いたときは、バンベルク交響楽団のコクのある重量級の響きに圧倒された。またヨッフムは、この公演に先行して発売されたドレスデン・シュターツ・カペレとの演奏よりもテンポをいくぶん遅く設定し、堂々たる威容を築いた。ただただ、圧倒された。
改めてCDで聴くと、やはりホールがデッドなのがわかる。音色に潤いがない。ブルックナーの録音としてはそれが欠点になるし、またそのぶん演奏の瑕疵は目立つ傾向になるわけだが、本演奏にはほとんど瑕疵が見当たらない。実に堅実な演奏であることがわかる。どの楽器も精度が高いが、特にホルンがいい。デリカシーたっぷりの弱音から、厚いフォルテッシモまで安定感抜群。
セッション録音とのもっとも大きな違いは、終楽章のコーダだろう。ドレスデン・シュターツカペレではテンポが速いまま勢いよく終結するが、本ディスクでは最後の3つの和音を踏みしめるように鳴らす。
ずっと椅子に腰かけて指揮をしていたヨッフムは、このときに立ちあがったのだった。なんというパフォーマンス! 今観ても、全身に鳥肌がたつだろう。
そんなわけでこれは若かりし頃の思い出がつまった録音であるが、それを抜きにしても、いい演奏だと思う。
1982年9月15日、東京、NHKホールでのライヴ録音。
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5月下旬に重版できる予定です。
「ぶらあぼ」4月号に掲載されました!PR