ブラームス : ピアノ・ソナタ第1番 ウゴルスキ(Pf)村上春樹の「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」を読む。
これは、「鉄」の中年男性がガールフレンドの勧めで大学時代のトラウマを解消すべく、捜索にあたってゆく話。
「鉄」といってもいろいろあるが、彼は駅に興味を持っていて、うまいことに駅の設計を生業としている。どこにでもいそうな鉄道オタクでありつつ、その夢を実現できる意志の強さ、というキャラクターがひとつのキーワードになっている。
高校時代の友人との出会いのシーンが滅法面白い。話そのものは驚かされるものではないものの、レトリックが冴えていて一気に引き込まれる。実にスリリング。
ガールフレンドとの恋愛の道のりも並行して描かれているが、それは刺身のツマのよう。
ラストの、新宿駅は一日に350万人近くの人々が通過していく云々、のくだりは月並み。我々サラリーマンにとっては当たり前の世界でありすぎて、今更感を否めない。
ウゴルスキのピアノによるブラームスを聴く。
彼は硬質な音色でもって、精巧にブラームスを描いている。重心の低く重い低音から輝かしい高音まで、ひとつひとつの音が粒だっていて気持ちがいい。
ブラームスのピアノソナタはもともと重厚でクドい。それが魅力であるわけだが、ウゴルスキのやりかたがまたけっこうクドい。ここぞというときにテンポをぐっと落として、まとわりつくように奏でる。湿った夜の帳がそろそろとおりてくるように。
3楽章がことに好きだ。半音階をまじえた独特のメロディーが、快活なリズムでもってぐんぐん前に進んでゆく音楽。活発であるにも関わらず夜を感じさせずにはいられないところ(私だけか?)、いかにもブラームスらしい。メインテーマの下降和音のくだりは、ベルリオーズの「ファウストのの劫罰」の「地獄の首都」を思いおこさせる。ウゴルスキのタッチは明快で、それがまた感興をそそる。
1996年4,6月、ベルリンでの録音。
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