ルービンシュタイン(Pf) オーマンディ指揮フィラデルフィア管弦楽団チェーホフ(浦雅春訳)の「馬のような名字」を読む。
元陸軍少将が激しい歯痛に苦しんでいるところに、執事が話をもちかける。歯医者ではないけれど、その人がまじないをかけるとたちどころに痛みがなくなるらしい。では早速電報を打とうということになるが、彼の名前を思い出せない。確か、「馬」に似た名字だったのだが。
ウマノフ、ウマニコフ、ウマモドキン、ヒンバコフ、ヒンバコフスキー、オウマサンスキー…。
どうしても浮かばない。我慢も限界にきて、とうとう歯医者に来てもらって虫歯を抜くのだが、皮肉にもその直後に執事が思い出す。
バカバカしいけど面白い、翻訳の妙である。
ルービンシュタインのブラームスはかねてから聴きたかったCD。
この演奏の素晴らしいところは、ビアにストとオーケストラがともに思い切りのいい音を出しているところ。迷いなく、音が決然としている。
決然としているといっても、やみくもな勢いや情熱ばかりではない。暗い闇のなかで人生を振り返ったりこれから先の身の置き方を熟慮したりした挙げ句に、深いため息をついておもむろに腰をあげたような、そんな滋味に溢れた音の立ち上がり。
明るくて気持ちのよい鳴りっぷりのなかから、なんとも深いコクがそこかしこからにじみ出る。これがなにかということを言い表すのは難しい。「精神性」という言葉は音楽の世界ではタブーに近い扱いだが、そう言わずしてなんと言えばいいのか難しい。
ときに1971年。オーマンディもけっこういい歳であるが、ルービンシュタインにおいては80をとうに過ぎている。まったくもって、ありえない生命力である。技術的にも問題はない。スタジオ録音とはいえ、このクオリティの高さは尋常ではない。
1971年11月、フィラデルフィアでの録音。
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