トレヴァー・ピノック(指揮、チェンバロ) イングリッシュ・コンサート江上剛の「非常銀行」を読む。時はバブル崩壊後。これは、リストラと巨大合併にひた走る銀行と、暗躍する総会屋との癒着に対して立ち向かう銀行員を描いた小説。銀行内の事務のやりとりや、役員の会話や、主人公の家族の描写が一本調子なので、奥行きは深いとはいえない。素人にもわかりやすく最後まで一気に読ませられるのは、それゆえかもしれない。総会屋のいやがらせのシーンは緊迫感がある。
著者が日本振興銀行の社長を昨年末に退任するとの話があったが、どうなったのだろう。執筆活動を再開してほしいものだ。
ピノックのハイドン。ピアノ協奏曲と書いたけれども、使っているのはチェンバロ。ピノックの弾き振りである。
「ピノックに駄作なし」とは三浦淳史の名言。妙に説得力がある。確かに、ピノックの演奏を聴いてガッカリした覚えはない。もちろん、全部を聴いているわけではないし、今後も全てを聴くことはたぶんないのだが、駄作はないだろうと思わされる何かがこの人にはあるように思うのだ。人徳、だろうか。
さて演奏は、キビキビとした覇気があって、なんとも勢いがよい。ノン・ヴィヴラートによる弦はみずみずしいし、ツルっとした質感がおいしい。チェンバロは雄弁でありつつ、細部も丁寧に彫り込まれていて、入念に仕上げられている。
どの部分もレベルが高いが、スピード感溢れる3楽章のロンドがとくに楽しい。
ピノックはバロックの演奏に古楽器を使い始めた、わりと初期の演奏家であるが、それを「過渡期」と評価する人がいる。後発で出てきたやり方をより進化したものと捉えているのだろう。この「過渡期」には、いささかの批判が込められているように感じないわけにはいかない。しかし、そもそも「完成」されたスタイルってなんなのだろう。
ピノックのハイドンが過渡期であれば、「過渡期」、おおいにけっこうなのダ。
1984~85年、ロンドン、ヘンリー・ウッド・ホールでの録音。
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