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"わたしを離さないで"、ホロヴィッツ、"幻想曲"

2016.01.03 - シューマン

ma



カズオ・イシグロ(土屋政雄訳)の「わたしを離さないで」を読む。


「この歌のどこがよかったのでしょうか。聞きたかったのは、「ベイビー、ベイビー、わたしを離さないで」というリフレーンだけです。聞きながら、いつも一人の女性を思い浮かべました。死ぬほど赤ちゃんが欲しいのに、産めないと言われています。でも、あるとき奇蹟が起こり、赤ちゃんが生まれます」


茂木健一郎はこの本について、「事態の全貌が明らかになった時、読者は血も凍るような恐怖感を覚えることになる。魂の奥底にまで届くような衝撃がある」というようなことを言っているとのこと。が、そういう感触はなかった。読んでいる途中で、これはあまり幸せなことではなさそうだという予想ができたので。
こういったことが実際にあるのか、あるいはSFなのか、わからない。こんな世の中だから、あっても不思議はないような気もする。

施設で暮らす若者たちは、健気に明るく生きている。恋をするし喧嘩もする。そのへんにいる若者か、あるいはそれ以上に人生を満喫している。女も男もいきいきと描かれていて気持ちがいい。この本のよさはそこにある。なので、ミステリーをひも解くように読んでしまうと興をそがれる、と思う。






ホロヴィッツのピアノで、シューマンの「幻想曲」を聴く。

1953年のアメリカ・デビュー25周年を記念するソロ・リサイタルの後、ホロヴィッツは公開演奏の場から引退した。
RCAやCBSで録音活動は行っていたものの、ステージでの演奏は行わなかった。しかし1965年5月9日、実に12年ぶりにリサイタルを開く。このシューマンは、そのなかの1曲。

現役時代のホロヴィッツは、今の研究によれば神経症性うつ病の範疇にあったことが示唆されている。その12年のブランクはまさにその病気との闘いであったのだろうと推察する。
ピアニストがステージに上がることの怖さは、オーケストラの奏者や指揮者の比ではないに違いない。みんなでやれば怖さは分散するが、一人は圧倒的に怖い。だから、グールドのドロップアウトの原因のひとつは、その類だったのではないかと邪推する。

演奏は素晴らしい。ホロヴィッツはこの曲をセッションでも録音しているが、甲乙つけがたいくらい。冒頭から光沢のある響きを惜しまず放ち、夢の世界へいざなってくれる。インスピレーションに富んでいるし、テクニックも万全。キラリと光る高音にヴィルトゥオーソの片りんが見えるが、全体を通して技巧のひけらかしはない。
彼がいかにシューマンを大切に思っていたかが、如実にわかる。


1965年5月9日、ニューヨーク、カーネギー・ホールでのライヴ録音。





ma
 
新年。





3月に絶版予定。。






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Comment

現実ではすでに... - yoshimi

こんにちは。
カズオ・イシグロといえば、有名な『日の名残り』は読みました。
『私を離さないで』は未読ですが、以前にブログ友達が紹介していた映画の方のストーリーを知って、近未来的SFみたいなお話なので意外に思いました。

現実でも、臓器提供のドナーとして(遺伝子操作ではなく)遺伝子選別で生まれてくる子供がいるのを知って、驚きました。
この子供は「救世主兄弟」と言われていますが、記事を書く時に調べたところ、生まれた子供が200人くらいでした。今はさらに増えているでしょう。
遺伝子の「操作」と「選別」とでは大きな違いがあるようですが、現実がフィクションに追いついて行くようで、遺伝子選別であってもちょっと怖いですね。

似たようなお話では、『私の中のあなた』という映画があります。
白血病の姉のために、臓器提供ドナーとして遺伝子操作で生まれた妹が、数度の移植手術の末に、両親を相手に臓器移植拒否の訴訟を起こします。
これもフィクションですが、現実にいつか起こりそうな気がします。
2016.01.05 Tue 12:20 URL [ Edit ]

いかにもありそうです。 - 管理人:芳野達司

yoshimiさん、こんにちは。
この作家の作品は、短編集の「夜想曲」を読んで、なかなか面白かったので「私を離さないで」を読んでみた次第です。長くて、けっこう読むのがキツかったです。途中でやめようかとも思いました。
「日の名残り」は、知り合いにも薦められました。たぶん、こちらのほうが面白いのかなと。

現実でも、遺伝子選別で生まれてくる子供がいるのですか。
いやあ。
世も末ですね。
なにを目的にしているのか、わけがわかりません。
そういうところを批判する小説なのかと言われると、そうかもしれないですね。そこは厳しくみていかないと。
同列には語れませんが、筒井康隆の「最後の喫煙者」も近未来を的確に予測した小説です。
是非のレベルは異なりますが、まあ、未来は決して明るいものではないということを如実に示してくれる作品です。
2016.01.05 22:02

「救世主兄弟」 - yoshimi

「日の名残り」は一度読んだだけで、読み直す気にはならないです。
テーマもストーリーも「私を離さないで」の方が面白いと思います。

「救世主兄弟」というのは、自分の子供の病気を治療する目的(骨髄移植など)で、両親が体外受精によって妊娠・出産したもう一人の子供のことです。
英国では一定の法規制がありますが、米国ではクリニックごとの裁量でOK(ということは、実質的には野放し?)。
自分の子供を救いたいがための行為ではありますが、生まれてくる子供がサイボーグのパーツのように思えないでもなく、何とも言い難いものがあります。

以前にNHKスペシャルで「人体“製造”~再生医療の衝撃~」というタイトルで報道されていたそうです。
参考までに、まとめ記事が以下に載っています。

「ここまで来た!再生医療 移植のための出生「救世主兄弟」とは?」
http://sciencejournal.livedoor.biz/archives/930954.html
2016.01.06 Wed 13:06 URL [ Edit ]

なるほど。。 - 管理人:芳野達司

>「日の名残り」は一度読んだだけで、読み直す気にはならないです。
>テーマもストーリーも「私を離さないで」の方が面白いと思います。

うふふふ。そうですか。イシグロの作品では、「夜想曲」がなかなかおもしろかったです。今読んでいる、村上春樹の「雑文集」でもイシグロについて賞賛しています。評価はまちまちだと思いますが、あの本、読みづらいです。
では、「日の名残り」はとうぶん読まないかな~。

救世主兄弟、なんだか不穏ですね。どんな理由であれ、人間をパーツとしてあつかってはならないと思います。科学はそれを推し進めようとするのでしょうが。。

こういう場面でこそ、哲学と倫理学は機能しなくてはならないと思うのですが。なかなか、この世は自分の思うようにはいかないようです。
2016.01.06 21:39
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