シューベルト:八重奏曲 ウイーン室内アンサンブル孫引きであるが、木原武一の「哲学からのメッセージ」から、デカルトの言葉を引用する。
「私が発見したことはどんなにささやかなことであろうとも、すべて世間に公開したい。そして、有能な人びとが私よりさらに先へ進むことができるように、それぞれの好みと能力に応じて必要な実験に協力し、それらの人びともまた、みずから得た知識をすべて世間に伝えるようにお願いしたい」(方法序説より)。
いま読むとなんでもないが、時は17世紀前半である。
木原によれば、当時は知識の独占体制が強く、科学者が共同研究するということはまず考えられなかったという。
今で言うならさしづめ「wikipedia」の精神と言っていいかもしれない。
デカルトは明晰な哲学を残したと同時に、知識の共有という斬新な考えも備えていたのだった。
ウイーン室内アンサンブルの演奏で、シューベルトの「八重奏曲」を聴く。
冒頭からまったりとした、いい意味でのローカルな響きを醸し出している。これはウイーンの奏者ならではのもの、といってしまおう。
1楽章ではなんといっても、プリンツのクラリネットが聴きもの。太くて厚い、それでいて羽毛のように柔らかな音色がしみじみとおいしい。ホルンはわりと現代的な響き。
2楽章もクラリネットのほんわりとした味わいが印象的。まあそもそも、この楽章の、とくに前半はあたかもクラリネット六重奏曲のようなものだから、それも当然か。
3楽章は、八重奏の厚みがぞんぶんに出ている。濃すぎず薄すぎない、まろやかで豊満な音色が耳に心地よい。
4楽章は、冒頭のヴァイオリンが全体をリードする。天気のいい日に森の道をゆったりと散歩するような、おっとりとしたメロディーを粋に弾きこなす。そこにクラリネット、ホルン、ファゴットが絡んできて、楽しく展開してゆく。ここは音楽を聴く醍醐味のひとつと言っていい。
5楽章は、不思議な膨らみのあるメヌエットで、ここはクラリネットのふくよかな音色がキメている。ヴァイオリンの微妙なポルタメントに郷愁を感じる。ファゴットが副声部で地道にガンバっていて、健気だ。
終楽章は、不穏な空気の序奏を、肌理の細かいキザミで丁寧に扱っている。そのあとの第1主題は、この世で最も好きなメロディーのひとつであるが、ヴァイオリンを中心に絶妙にブレンドされている。ここだけを聴くだけでシアワセを感じる。ホルンのアクセントがいい塩梅。クラリネットもファゴットも弦楽器もいい味。何度もリピートしたいくらい。
全体を通して、ゆったりとしていて、聴いていて心が落ち着く。充実した演奏だ。
ゲルハルト・ヘッツェル(ヴァイオリン1)
クラウス・メッツル(ヴァイオリン2)
ルドルフ・シュトレンク(ヴィオラ)
アダルベルト・スコチッチ(チェロ)
ブルクハルト・クロイトラー(コントラバス)
アルフレート・プリンツ(クラリネット)
ミヒャエル・ヴェルバ(ファゴット)
フランツ・シェルナー(ホルン)
1980年2,3月 ウィーン、ローゼンフューゲル・スタジオでの録音
PR