シューベルト「弦楽五重奏曲」 ベルチャ四重奏団トム・ロブ・スミス(田口俊樹訳)の「チャイルド44」を読む。
舞台は、スターリン時代のソ連。国家保安省のエリート捜査官が子供の連続猟奇殺人の犯人を追う。しかし、当時のソ連は「この社会に犯罪は存在しない」ことを信じさせられているから、それを疑うものは共産党の敵ということになる。よって、根拠のない推測を封じ込めるために、スパイや破壊工作員を適当にでっちあげることが捜査員の仕事になる。
主人公はそうした風潮に疑問を呈したために、田舎に左遷させられるわ、監禁されるわ、拷問を受けるわ、奥さんは殺されそうになるわ、両親も住居を追われるわで、さんざんな目にあう。全編に渡って、とにかく痛々しい。
ラストは動きが激しく、まるでひと昔まえのシュワルツネッガーやブルース・ウィルスのアクション映画を思い起こさせた。実際、リドリー・スコットがすでに映画化の権利を獲得したらしい。
読み始めたら、すごく痛そうだけど、止められないから要注意。
ベルチャ四重奏団は1994年にロンドン王立音楽院在学中のメンバーにより結成された。ヴァイオリンはそれぞれルーマニアとイングランド出身、ヴィオラはワルシャワ生まれ、チェロはスコットランド生まれ(後の2006年にフランス人へ交替)というように、ヨーロッパのいろいろな国から集まっている。アマデウス四重奏団とチリンギリアン四重奏団、アルバン・ベルク四重奏団に師事しながら活動し、2001年にEMIと専属契約を結んでいまに至っている。
なんてウンチクを語っているが、ベルチャ四重奏団を聴くのはこれが初めて。ここでは元アルバン・ベルク四重奏団のエルベンが参加しているから、純粋なプロパーの演奏ではないものの、基本的な解釈は彼らが主導しているはず。結論から言うと、これは大変に聴き応えのあるシューベルトである。
1楽章において、しみじみと寂寥感を滲みだしているところはとくに聴きものだ。それは精密機械のようにヒヤっとしていて、なおかつほんわかと優しい。アッチの世界に引きずり込まれそうになるものの、土俵際で俗世間にかろうじて残っている感じ。なんだかんだ言って俺は人間世界で生きていくわ、などとつぶやいているような、そんな優しさと意志の強さがある。
2楽章も雰囲気は1楽章と同様。ディテイルを明快に描ききっている。それは、丁寧に磨かれた宝石のような小宇宙。
終楽章のラストは、弦がギリギリと軋ませて激しい。軽やかな安定感を保ちながら切り込んでいる。
合奏の厚み具合がアルバン・ベルク四重奏団のものに似ているが、これは師事したからというよりも、EMIの録音加減によるものだろう。
コリーナ・ベルチャ=フィッシャー(1Vn)
ローラ・サミュエル(2Vn)
クシストフ・ホジェルスキ(Va)
アントワーヌ・レデルラン(1Vc)
ヴァレンティン・エルベン(2Vc)
2009年6月、イギリス、サフォーク州、ポットン・ホールでの録音。
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