シューベルト「冬の旅」 ルネ・コロ(T) オリヴァー・ポール(Pf)テリー伊藤の「王さんに抱かれたい」を読む。
長嶋ファンで知られる著者が、愛情たっぷりに王貞治を描いている。
前半は下ネタが多い。
著者が創作した「王貞治純愛物語」の一節。
『恭子は鞄から買っておいた色紙を取り出そうとした。そのとき、貞治の下半身が異様に膨らんでいることに気づいた。
「あらッ? バットを濡らさないようにズボンの中にしまっているのですか」
貞治はばつが悪そうに照れ笑いを浮かべた。
「いやッ、これは…別のバットなんです」
「…」
「…」
ふたりは頬を赤らめた。』
といったネタがありつつも、感動話だって用意されている。
入団2年目から30年以上に渡って札幌の山の手養護学校を訪れ、病魔と闘う子どもたちに夢と希望を与えた話である。
予定の時間が過ぎたのにも関わらず、寝たきりで会場に来られなかった子どもたちのベッドまで訪問し、ひとりひとりと握手をしたという。
おかげで、次の年から王さんが来訪するときに限って体調の悪さを訴える子どもが続出する。
王さんが山の手養護学校に宛てた直筆の手紙が掲載されている。
『この文章を国語の教科書に載せて、活字離れした最近の子供たちのお手本にしてほしいくらいだ』
とあるが、不器用ながらも心にしみいる名文である。
コロの「冬の旅」は「トンデモ盤」として長く聴き継がれるディスクになるだろう。
ヘルデン・テノールがシューベルトを歌うことがそもそも希少である。なので、怖いものみたさ半分、期待半分で聴き始めたが、予想以上にキテいる。本人は真面目に歌っているのかも知れないが、いや真面目な演奏であるがゆえになのだろう、今まで聴いてきて培われた「冬の旅」のイメージとは激しく乖離するものだ。
「おやすみ」は異常に速いテンポだ。これじゃ誰も眠れない。なにを意図したこのテンポなのか、ナゾである。
この始まりは、この演奏が尋常でないことを象徴しているのだった。
テンポそのものは、3曲目から落ち着いてくる。普段聴きなれたテンポになってゆく。ただ、コロの歌いぶりは独特のもの。「菩提樹」や「ライヤー回し」といった抑揚の少ない歌についてはさほど違和感がないが、動きの大きい曲になると、そのユニークぶりがよく現れてくる。
ディースカウやシュライアーの旅が密室内における心理劇だとすれば、これは大劇場での大立ち回りであるといえる。威勢がよくて華やかだ。
全曲の65分があっという間だったので、面白いことは否めないけど、「冬の旅」として薦められるかと言えば難しい。飛びすぎた演奏であるな。
ポールのピアノは堅実。厚みのある音がいい。
2003年2月、ベルリンでの録音。
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