シューベルト 「歌曲集」 アメリング(S)、スゼー(Br)、プライ(Br)「かつどん協議会」は、原宏一のデビュー小説。
「ごちそうといったら、かつ丼だ」と言い切る主人公は、会社の派閥問題に巻き込まれて退社し、毎日昼ビールとかつ丼の日々を送っている。ある日、店のおカミさんから会合に出てくれと頼まれる。足を運ぶと、そこは食堂連盟の会議室。かつ丼の復興のための議論がケンケンガクガクと繰り広げられる。
かつ丼における主役を決めて、それを軸に推進していこうということになるが、協議員たちの思惑がぶつかりあい、なかなか決まらない。肉なのか、卵なのか、ご飯なのか、はたまたパン粉、玉ねぎ、醤油、砂糖。
ストーリーそのものよりも、かつ丼の描写がいい。これを読んだら、食べずにはいられない!
アメリングとスゼー、そしてプライによるシューベルトは、身も蓋もないくらいに露骨な、いいところどり企画。ここまで徹底すると爽快だ。
これを聴いて思い出す。昔、映画に凝っていた頃、銀座にあったテアトル東京という大きな映画館で、「ぴあ」が企画した予告編大会という催しに行ったことがある。それは、「ゴッド・ファーザー」や「2001年宇宙の旅」や「太陽がいっぱい」といった、当時からみても懐かしの映画の予告編だけを上演する一晩なのである。1本の映画が凝縮されたエキスが、数分ごとにめくるめく展開されるわけ。それはあたかも「ニュー・シネマ・パラダイス」のラストのキスシーンみたいな感覚ですね。当時はビデオがまだ一般的に普及していなかったから、こんなにいろいろな映画のハイライトを一気に観られる機会は滅多になかった。あれはたまらない企画だったなあ。
このCDはそれぞれ小品であるけれども、全て「全曲」であるから、さらに完成度は高いというか、文句のつけようはない。
イントロを聴くだけでワクワクして、「ああ来たか」。毎回「ああ来たか」であるから忙しい。選曲から察するに初心者向けの企画なのだと思うが、ハマッた。
アメリングはなんとも可憐な声を聴かせてくれる。小気味のよさに加えて、ほのかな色気もある。どれもわずか数分の曲であるわけだが、音楽のエッセンスがぎっしりと詰まっている。生きるものの哀感が淡く描かれて儚い「野ばら」、不可思議なものに対する畏敬を込めた「音楽に寄せて」、夜露の湿り気がキラキラと纏いつくような「夜と夢」。ことに「野ばら」は、今まで聴いたなかで最高の名唱だと思う。
あと、バリトンにしては高いところがみずみずしいスゼーの「涙の雨」、たっぷりと豊満な声が美しすぎるプライの「菩提樹」も傑作。男声陣はついでみたいな編集になっているが、もちろんこちらも聴き応えじゅうぶん。
ピアニストたちの素晴らしさについては、言わずもがな。
「野ばら」 アメリング、ボールドウィン
「糸を紡ぐグレートヒェン」 アメリング、ボールドウィン
「さすらい」 スゼー、ボールドウィン
「涙の雨」 スゼー、ボールドウィン
「アヴェ・マリア」 アメリング、ボールドウィン
「ミューズの子」 アメリング、ヤンセン
「春の信仰」 スゼー、ボールドウィン
「魔王」 スゼー、ボールドウィン
「音楽に寄せて」 アメリング、ボールドウィン
「水の上で歌う」 アメリング、ヤンセン
「菩提樹」 プライ、サヴァリッシュ
「あふるる涙」 プライ、サヴァリッシュ
「春の夢」 プライ、サヴァリッシュ
「子守歌」 アメリング、ボールドウィン
「ます」 アメリング、ヤンセン
「夕映えの中で」 スゼー、ボールドウィン
「春のあこがれ」 アメリング、ボールドウィン
「セレナード」 プライ、ムーア
「夜と夢」 アメリング、ボールドウィン
1961~1984年の録音。
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