この本は、先行してレーザーディスクで発売されていたリヒテルの
ドキュメント映像「リヒテル:<謎>」の姉妹版といえそうです。
LDは、インタビューを中心に据えつつ、リサイタルや映画
(「グリンカ」という映画にリスト役で登場する。ちょっと笑えます)
の一部分を散りばめて、ビジュアル的にリヒテルの足跡をおって
いくものでした。
本では当然のことながら、もっと、生々しいリヒテル像が浮かび
あがります。
本書は、大きく3つの部分にわかれています。
最初はリヒテルが語った自伝的なもの。
次が「音楽をめぐる手帳」という、リヒテルが70年から95年までに
書き溜めたレコードや音楽会のメモ。
最後が、ディスコグラフィと全演奏会の記録。
この中で300ページにのぼる「音楽をめぐる手帳」が興味深いのです。
著者によれば、
『存命の人々に対する中傷まがいの個人攻撃を含むある種の記述は、
これを外すのが私の義務だと考えた』
とのこと。
それでもリヒテルの記述は、強烈な毒と音楽に対する誠実さに溢れて
いて、一気に読み通してしまいました。
音楽家を扱った本としては、最も面白いもののひとつだと思います。
さて、まったく下世話ではありますが、ごく一部を…。
モンサンジョン著 「リヒテル」★「自分の録音を聴くとがっかりする。予想した通りの音にしか
出会えぬからだ。
何の新鮮さも、予想外のことも味わえぬつまらなさ……。」
録音
シューマン《フモレスケ 作品20》
リヒテル
★「なにもかもが最高である」
バッハ《イギリス組曲第6番ニ短調》
アナトーリ・ヴェデルニコフ
★「このときのカラヤンは素晴らしく、溌剌として人間味に溢れていた。
これほどの充実に達することは滅多にあるものではない。感動した。」
ブルックナー《交響曲第8番》
★「このあまりに明らさまにロシア的な作品での小澤の演奏には心底満足
しているわけではない。もちろん彼には才能がある。がそれは模倣の
才能であり、この種の音楽に対する資質を少しばかり欠いている。」
ストラヴィンスキー《ペトルーシュカ》
指揮小澤征爾
★「この場合には明らかに「主なき」状態だ」
録音:ブーレーズ《主なき槌》 指揮ロバート・クラフト
★「《交響的練習曲》の録音はかなりうまくいっている。
ベートーヴェンのほうはそれほどでもない。どこか、完璧でないところが
あるのだ。
新しい録音を友人たちに聴かせると、もちろん誉めてくれる。
いつもこの調子だ……不幸にして……。」
録音
シューマン《交響的練習曲》
ベートーヴェン《ソナタ第27番》
リヒテル
★「これに「否」とどうしたら言えるだろう。さりとて「然り」と言う
気も起こらない。いやはや何たるピアニストか!
恐るべき指……ではその音楽はどうか?」
録音
ショパン《練習曲》作品25第1、第5
ウラジミール・ホロヴィッツ
★「バルトークは、録音にはさんざん手を焼き当然うまくいかなかった。
オーケストラがまことにひどく、思い出すだに吐き気がするくらいだ。
これを世界で「最高」と評した新聞記事のおかげでこのざまである。
可哀相なロリンは二度も指揮棒を叩き折った。首席打楽器奏者には
覇気というものがまるでないかと思われるほどで(それもバルトーク
の曲でこの始末だ!)、録音は終始無気力と怠惰の支配する雰囲気の
中で進行した。誰ひとりやる気を見せる者がいなかった」
録音
バルトーク《ピアノ協奏曲第2番》
パリ管弦楽団 指揮ロリン・マゼール
リヒテル
★「この演奏で聴くパルティータは本当に驚くべきものだ。
バッハの美しさと魅力。ピアノの素晴らしい音色、そして
素晴らしいピアニスト。」
録音
バッハ《パルティータ第1番》
ディヌ・リパッティ
気の毒なマゼール…。
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チェリビダッケや、ベーム、カラヤンなどといった戦前から活動している人たちと、それ以降の音楽家たちとでは、そのあたりが違うようですね。良くも悪くも民主的になったような。
われわれ聴衆からしてみれば、どちらでもいいのですが。
パリ管は、最近はますます国際化してきて、どこの国のオーケストラだかわからないですね。
それにしても、リヒテルとマゼールのブラームスピアノコンチェルト2番は、私も好きです。ピアノも素晴らしいが、冒頭のホルンにまずやられます。