ベートーヴェンの「ディアベリ変奏曲」である。
この曲のCDはアファナシエフとルドルフ・ゼルキンとの2枚を持っていて、両方ともさんざん聴いた。それぞれの曲は面白いと思うものの、後期のソナタ(特に27番から31番)ほどには、音楽に愛着が湧かなかった。なにが原因なのか、よくわからない。
そこで、生で聴けばさすがに楽しく聴くことができるだろうと思い、チケットを入手した次第。
この演奏会にあたって、ゼルキンとアファナシエフを聴き直そうと思ったが、探してもない。引っ越しの際に、処分してしまったようだ。なんということを。
若林のピアノは、30年近く前に聴いたことがある。ベートーヴェンの「皇帝」だった。詳細は忘れてしまったが、ほとんど瑕疵のないピアノだったことは覚えている。
この「ディアベリ」は「皇帝」以上の難曲であろう。楽譜を見なくても、想像できる。個々の曲に高い技巧が必要なことに加え、体力と緊張の持続力が要求されるから、これをリサイタルで弾くことは、かなりの自信があるとみた。
約50分の演奏中、私が聴く限り、目立った弾き間違えはなかったといっていい。速いパッセージを楽々と弾いてのけ、次の料理に取りかかるさまに、余裕を感じた。たいしたテクニックである。
そして、彼はこの世にもとっつきにくい音楽の登頂点を、32変奏にもってきた。というのは、音楽の高揚感がそこで最高に達したのと同時に、それまで無駄な動きが一切なかった彼が、大きく腕を振り上げて手を鍵盤に叩きつけたからわかったのだ。
なるほど、ここがクライマックスなのは納得がいく。ここは「ハンマークラヴィーア」でいうところの、終楽章のフーガの終着地みたいな部分なのである。その前の、ラルゴが効いていて、このフーガが成り立つのだな。
このあたりのメリハリが視覚的にも明快にわかる。ライヴならではの感興である。
欲を言えば、音がもっときれいであればよかった。フォルテッシモになると音が濁った。
ただそれでも尚、この音楽を面白く聴かせてくれたことに感謝したい。
2014年5月3日、東京、大手町よみうりホールにて。
洒落たアパート。
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