小林秀雄の対話集「直感を磨くもの」から、今日出海との対話「交友対談」を読む。
この対話は1975年に行われた。内容は、いかにも気の置けない仲間うちの昔話から、歴史問題にまで幅広い。
なかでも面白いのは、小林が昔よく泥棒にあったというくだり。小林は鎌倉に引っ越したころ、当時は水道がひかれていないから井戸を使っていたが、井戸のモーターを何度も盗まれたとのこと。
今 「本格的な泥棒も這入ったね、お宅には」
小林「本格的泥棒というのも変だがね、まあインテリと違って、泥棒には贋物はないな」
今 「泥棒だけならまだいいんだが、小林の体の上に跨ったのもいたな」
小林「ああ、あれは泥棒じゃない。二人組の強盗だ」
漫才である。
フォーグラーたちによるモーツァルトの弦楽三重奏のためのディヴェルティメントを聴く。
ヤン・フォーグラーは元ドレスデン・シュターツカペレの首席チェリストであり、現在はソロを始めとして室内楽の活動にも手を伸ばしている。以前、ショスタコーヴィチのチェロ協奏曲を聴いてよかったので名前を覚えている。
このk.563は、k.334と並ぶディヴェルティメントの大作であり、全曲で40分を超える。それを弦楽器3丁で演奏するわけだから、奏者にとっては楽しいばかりではないだろう。
なにも知らないで聴いたら、とても3丁の楽器で奏されているとは思えないだろう。それくらい、音の密度が高い。おそらく高い技術を要するものだと思われる。
アインシュタインはこう言った。
「この世で耳にすることができるもっとも完璧で、もっとも繊細な曲だ」
口当たりはあまりよくないが、繰り返し聴くと全6曲どれもいい。とくにアダージョ楽章と最後のアレグロ楽章は沁みる。
アダージョは可憐でありつつ、哀しみを隠しきれない。ヴィオラの悲鳴が痛切。こういう曲を当時はサロンで披露していたのだろうか。だとしたら、ヤバいと思う。
アレグロは肌触りが優しい。幸福感に満ち溢れていて、泣ける。中間部は激しく、荒れ狂っている。
浮世に別れを告げるとしたら、こういう曲がいいかもしれない。
ベンヤミン・シュミット(ヴァイオリン)
アントワーヌ・タメスティット(ヴィオラ)
ヤン・フォーグラー(チェロ)
2005年8月、ライヒェンベルクでの録音。
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