クーベリック指揮バイエルン放送交響楽団テリー伊藤の「なぜ日本人は落合博満が嫌いか?」を読む。
2007年の日本シリーズ第5戦。私はラーメン屋でビールを飲みながらこの試合中継をみていた。8回まで完全試合をしていたピッチャー山井が岩瀬に交代したとき、「だから落合はだめなんだよ」と客がのたまったものだ。
この客の感覚が、野球ファンの落合評価の象徴であるように思われる。落合野球はつまらない、とはマスメディアも言っているし私の周囲からもよく聞こえる。
そこへテリーが反論する。「落合博満は日本の宝」ではないかと。
彼の野球に対する見識と愛情が深いことは、名著「ダメ監督列伝」を読んだから知っている。テリーの言うことなら信頼できる。
落合が日本の首相だったら今どうするかとか、「2番じゃだめなんですか?」と蓮舫に突っ込まれたら落合ならどう切り返すだろう、なんていうことを面白おかしく書く一方で、川上哲治や高木守道など1流プロからの目も盛り込んでおり、説得力じゅうぶんだ。
そのなかでも、落合の談話は迫力がある。
「われわれはファン心理になっちゃいけない。ファンは好きなことを言えばいい。力のある者ならば若くても40歳を過ぎていても使う。残念ながら評価される選手と人気のある選手はちがう。俺たちは野球で飯を食っている。テレビ番組で飯を食っているわけじゃない。われわれは派手なことを求めてはいない」。
このくだりを有楽町線の中で読んだとき、背筋がぞっときた。落合野球の骨子があらわれているのじゃないかと思う。
クーベリックがDGに残したマーラーを聴くシリーズを密かに企んでいて、数年がかりでようやくあと2曲のところまできたのに、それが廃盤になってしもうた。たまたま中古屋で見つけでもしないかぎり当分おあずけだ。残念である。
その代わり、というか代わりになるのかよくわからないが、ライブの演奏を入手したので早速聴いてみる。
至極まっとうなテンポでもって、内声部を明確に鳴らせるあたりはなるほどこれはいつものクーベリックである。
この演奏における白眉のひとつは3楽章だ。ティンパニのリズムに乗って、様々な楽器が順番に弾いてゆくわけだが、最初のコントラバスからして、なんとも味わい深い。この演奏を聴いて初めてこれがベートーベン第9のパロディであることに気付いた、なんてね。
でも演奏は本当にいいもので、いままで聴いたCDの中でも上位にいれたい。3楽章から、全体のボルテージはグングン上がってゆく。前半で時折コケていたホルンとトランペットは立ち直っている。終楽章は知情意を兼ね備えたような、バランスよく密度の濃いものだ。ラストは大爆発。周到な計算をしているに決まっているが、それを感じさせない。
クーベリックはスタジオもライブも両方よい。この演奏においてもヴァイオリンの対抗配置が効果的だが、それは対抗配置によるマーラーがよいというよりも、クーベリックのマーラーがよいということだ。
1979年11月2日 ミュンヘン・ヘラクレス・ザールでの録音。
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