マーラー「交響曲第9番」 アンチェル指揮チェコ・フィル田村隆一の「ぼくの人生案内」を読む。
大酒呑みにしてダンディーな詩人田村の人生相談。
『高望みばかりしているせいか、未だに童貞なんです』という大学生の相談に対して、こう締めくくる。
『正直なところ、うらやましいね、君が。女性に夢をもっているうちが「華」だよ。一対一でつきあったら、そんなの一瞬で「夢」になっちゃうだろうけど』。
別の相談に対しては、こんなことも言う。
『女性っていうのはね、悪の権化なんだから。女性の微笑に惑わされちゃいけないんだよ』。
どちらも、田村だから様になるセリフだ。こういうことを言っているのに、モテモテなのだから困る。
こんなこと、私が言おうものなら…。
アンチェルの指揮によるマーラー、「巨人」に続いて第9を聴く。
マーラーのこの作品に対して、やたらと過剰な思い入れをぶちまけた、もったいぶった演奏は少なくない。
それも悪くはないけれど、これはその類のものではない。思い入れは大いにあるのかもしれないが、仕上がりは端正である。
ことに、冒頭は軽く驚くくらいにあっさりしている。
音があるがままに素直に鳴っているようで、明快この上ない。1楽章は27分近くかけているから、決して速いわけではないが、切れのある端正なフォルムなので、適度なスピード感がある。
ヴィブラートのかかったホルンの音色が実においしい。60年代のチェコ・フィルは、こんなにステキな音をだしていたのか。
2楽章もキッパリとメリハリのついた演奏で、リズム感の良さが際立つ。全編通して大変活きが良く、ほのかなアイロニーも効いている。この曲のベストといっても言い過ぎじゃないだろう。
3楽章もすばらしく切れる。どの楽器も躍動感に満ちていて、いっときたりとも退屈する暇はない。
トリオでの、落日の黄金色に輝くトランペットと、木の香りがむせるようなソロ・ヴァイオリンはことに印象的。
終楽章も比較的淡々と進むが、体温は熱い。音が濃くて、ピリピリした雰囲気が張り詰める。
その緊張感は、2度目のファゴットでひとつの頂点に達する。
なんなんだ、この響きは。
2度目のファゴットの場面では、カラヤンのライブ盤が有名であるが、アンチェルのもすごい。
ちょっと聴いたことのない浮き世離れした音である。それなりにあざとさがあるものの、おどろおどろしくもショッキングなシーンであることは間違なく、大きな効果をあげている。初めて聴いたときは背筋が痺れた。
後半は、濃厚な弦を主体にじっくりと聴かせる。速くも遅くもないテンポが心地よく、切り込みも深い。ラストまで、チェコ・フィル渾身の技量が、途切れることなく迸る。
数多くのマーラー第9のディスクのなかでも、上位に位置する名演奏である。
1966年4月、プラハでの録音。
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