マーラー「巨人」 アンチェル指揮チェコ・フィル谷沢永一の「人間通」を読む。
96編からなる、エッセイ集。
世間に対する深い洞察が、切れのいい筆さばきで書かれている。
ことに印象的なのは『可愛気』という一編。
『才能も智恵も努力も業績も身持ちも忠誠も、すべてを引っくるめたところで、ただ可愛げがあるというだけの奴には叶わない。人は実績に基づいてではなく性格によって評価される』。
言われてみれば思い当たることがいくつかある。相手の気分がよくなるということが処世術だ。社会とは他人のことだというからね。
付録の『人間通になるための百冊』で、ジョークの祭典ともいうべき開高健の『水の上を歩く?』が薦められているのはうれしい。
チェコ・フィルは、初めて生で聴いた外来のオーケストラだ。確か79年か80年のこと。
とはいえ、ちゃんとしたコンサートではなく、リハーサルの見学という形だった。場所は東京文化会館、指揮はノイマン、マーラーの『巨人』の1楽章を練習していたのだった。
その時の感動を今でも覚えている。なんという柔らかい音!豊満な響き!それは、いままでいくつか聴いていた東京のオーケストラとは似て非なるものだった。一流と言われるオーケストラというものは、こんなにいいものなんだ。
一時間そこそこのリハーサルは夢のように過ぎ去った。その夜に行われる本公演もついでに頂こうかと、トイレに忍び込んだものの、巡回の係員にあえなく見つかって、つまみ出されたことは言うまでもない。
チェコ・フィルのきちんとした生の演奏を聴くのは、それから約25年を待つことになる。
というわけで、チェコ・フィルの『巨人』には多少の思い入れがあるのだが、このオケによるCDを聴くのは、アンチェル盤が初めてである。
整然とした演奏である。過多な感情移入を注意深く廃した、どちらかと言えば淡泊なスタイルといえる。
クラリネットやオーボエなど木管が、まるで目前にいるかのようなリアルな音で迫ってくる。柔らかく、コクのあるいい音だ。その反面、弦は軽く聞こえる。録音の加減か、実際に編成が小さいのか。
軽いぶん、小回りが利いていて、室内楽的精妙さを味わうことができる。ラストまで淡々と、気負いなく進んでゆき、最後は、シンバルと大太鼓の切れのいい捌きでさわやかに幕を閉じる。
1966年1月、プラハでの録音。
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