フィッシャー=ディースカウBOX[DVD]ギャビン・ライアル(菊池光訳)の「深夜プラス1」を読む。
これは、フランスからリヒテンシュタインへの、命をかけたドライヴの話。
銃撃戦の迫力もさることながら、登場人物のなんとも気のきいたセリフが読みどころだ。
「命が惜しいのはだれでも同じだ。どんなに老い先が短くても命は命だからな」
これなんかはわかりやすい。他にもゾクっとするようなセリフが用意されているが、気がききすぎていて(「NOT」が重複しているのかな?)一度読んだだけではわからないところが少なくない。このあたりは翻訳者も苦労したのじゃないかな。
そういうわけもあって、読むのに時間がかかってしまったけれど、あとからじわじわと心に残る作品だ。
このフィッシャー=ディースカウの「水車小屋」は、アンドラーシュ・シフとのライヴ映像。
ディースカウの歌そのものは、彼の現役後期のものだけに声の衰えは隠せない。「骨董品」と言われる類かもしれない。
でも、ドイツ・リートは、ときにパフォーマンスがものを言う。身ぶりや手振り、そして表情。
ときおりピアノに軽く寄り掛かったり、左右に大きく動いたり、場面によって変化する動作を見ているだけで楽しくなってくる。
このあたりは、演技においてもしたたかなディースカウの面目躍如。
前半の白眉は「水車小屋の花」。ひとことひとことを慈しむように歌いうところは、心の深いところに沁み入ってくる。それは「歌」というよりは「語り」と言ったほうが近いかもしれない。
後半は比較的一気に進んでゆく。とくに、12曲目「休憩」から15曲目「嫉妬と誇り」まではアタッカにしており、主人公の青年の、底に転がり落ちるようないらだちと落胆を、見事に演じている。
歌手というよりも、役者といったほうがふさわしいような、そんなパフォーマンスだ。
シフのピアノは、抑揚が大きく表情が豊か。自分を出しつつも、全体を通じて伴奏に徹している。そこには、偉大な老歌手への畏敬を感じないではいられない。
1991年6月20日、フェルト教会モントフォルトハウスでのライヴ録音。
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