パガニーニ「ヴァイオリン協奏曲第1番」 パールマン(Vn) フォスター指揮ロイヤル・フィル河野多恵子の「後日の話」を読む。
「思わぬことで殺人犯となったジャコモは、斬首刑に処される直前、面会に来た若妻エレナの鼻を食いちぎった」、とある裏表紙に興味を持った。
舞台は17世紀のイタリア、トスカーナ地方。
鼻を食いちぎられた若妻が送ったその後の人生が描かれる。エレナと、周囲の人々がとてもいきいきとしていて素晴らしいのと、ときおり出てくる生活感溢れる筆致がいい。
たとえば、エレナが噂できいて興味を持ち、市場まで買いに行った「法螺貝」を母と一緒に料理をするシーン。和やかだし、なんともうまそう。
「夕方、ざるに上げてあったのが、皆薄切りにされ、茹汁に戻して煮られた。フランチェスカは塩だけで味を調えた、一、二度味見をしてから、二つのカップに少しずつ注いで、片ほうには白葡萄酒を二、三滴たらした。両方の味を試してみてから、「どちらがいい?」とムゼッタにも味見させた。「お塩だけのほうがいいように思いますけれど」と彼女は言った。彼女から廻ってきた両方のカップを試してみて、エレナもそう思った。薄切りの肉は掻き上げて、捨てられた。食卓には、その塩だけを使ったスープが出た」。
パールマンのパガニーニを聴く。
パガニーニのヴァイオリン協奏曲はどれも、技術的に大変難しい音楽であろうことは、ワタシのような素人でもなんとなくわかる。速いパッセージでは、やたらとたくさんの音が詰まっているし、音階も激しく上下しているので、これを弾きこなすには相当な運動神経を要するだろう。遅い部分でも、ときおりハーモニクスという技法がでてきたりして、これについてはどれほど難しいのかどうかよくわからないのだが、みんな大変だと言っている(誰だ)。
そういうことがあり、この曲を弾くのはもっぱら腕っこきのヴァイオリニストばかり。この曲を、技巧をひからかすには最適だが内容は希薄、なんて批判もあるようだが、これをキチンと弾くテクニックがあれば、とりあえず音楽で食っていけるのじゃないだろうか。
パールマンはもちろん、この難曲を弾きこなすテクニックをもっているし、単にうまい以上ものがある。天空を舞うような軽やかさと、音の美しさ。彼は70年代後半くらいから音にヤニ臭さがでてくる(これはこれで嫌いではない)が、この頃は明るくて澄んだ音色である。
あと、パールマンを聴いてつくづく素晴らしいと思うのは、ディテイルへの気配りである。過去の名人といわれる奏者が、うまいけれども荒っぽい演奏をするのをときどき聴く。パールマンは、細かい部分も決してないがしろにしない。どんなに速くとも、音をキチンと弾き切る。音楽に対する愛情である。普通、それを達成する努力は並大抵ではないはずだが、パールマンは天才だから、苦労せずに弾いているのかもしれない。
いずれにしても、痛快な演奏。
1971年8月、ロンドン、キングズウェイ・ホールでの録音。
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