バッハ「ゴールドベルク変奏曲」 アンドレイ・ガヴリーロフ(Pf)使っていたノートパソコンが壊れた。本体は問題ないのだが液晶画面がダメになり、画面のほぼ真ん中が全滅、両端の3センチだけが生きている状態になってしまった。
ネットで調べてみると液晶画面の修理は数万円以上かかるということだし、4年近く使っていることを考慮して買い換えた。
データの移行に苦労する。本体は無事とはいえ画面がまともに見られないため、ログオンも難しい。かすかに見えるカーソルの位置を勘でさぐりあてて打鍵する。一度ではうまくいかないので何度もチャレンジ、どんどん時間が過ぎてゆく。アドレス帳のエクスポートなど至難の業などであきらめてエクスプローラでファイル単位に移動していき、あとは手入力という始末。ウィルス・ソフトなどの契約がメールに記されているので、メールの情報はなんとしても引き継がないといけないといった次第であった。
こういうときのために、常日頃バックアップをとっておくべきなのかもしれない。それは実際に事故にあってみてしみじみわかるのだが、こんな目にあっても今後もバックアップはとらないだろう、という気がする。そのときがこないとやる気にならない性分なのである。
日頃バックアップを取る時間とトラブル対処の時間を比較すると、それほど割に合うものではないと思うのは貧乏性のせいか。
パソコンは使えなくとも、音楽はいつも通りに聴いていた。
なかでは、ガヴリーロフのバッハが素晴らしかった。このピアニストによる演奏で少し前に聴いたヘンデルの鍵盤曲がさほどではなかったのでそれほど期待していなかったが、これはホームランである。
まず音色がいい。使っているピアノはモダンとしかいいようのない現代的なテクニカルの粋を集めたような楽器であり、底知れぬパワーを感じる。非常に厚みのある豪華な音色であり、それは金属的な弦の存在感をじゅうぶんに知らしめる音である。ピアノという楽器は、弦を叩くことで音を発生させているのだなということを改めて感じさせる音なのである。
それは最新鋭のテクノロジーの手触りを感じさせながら、いっぽうで雅なチェンバロの手作りのような弦の響きを思い起こさずにはいられない音でもある。新しい衣を纏いながら、古めかしい味わいがあるピアノなのである。
基本的には美しい音を生かした正攻法の演奏であるが、後半に変化球をみせる。19変奏での速さは思いがけないものである。一瞬違和感を感じたが、スピード感と切れ味がよいので楽しくなってしまう。
26変奏は快速なテンポで進んでゆくが、速いのに装飾音をたっぷりつけていて、まるで音のシャワーである。快感。テクニックがすごいし、センスもいい。もっとずっと続けてくれればいいのにと思う。
28,29変奏も速い。切れ味のよい打鍵がここでも心地よい。音は濁りなくどこまでも透明である。このあたり一気にたたみかけてとても劇的であり、続いてあらわれる崇高な30変奏がとうとう見えた山頂のように感動的。
1992年9月、ヴィースバーデンでの録音。
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