ラヴェル「スペインの時」 アンセルメ指揮スイス・ロマンド管五木寛之の「人間の関係」を読む。
今世紀に入ってから、五木は小説よりもエッセイのほうに比重を置いているようだ。ここ数年でけっこうな数の本が出ている。
ジンセイとは何かというような、わりと重いテーマを扱っているけれども、語り口が易しいのでスラスラと読むことができる。「大河の一滴」あたりから、このような作風に変わっていったのかなと思っている。
しかし、最近出版されたものを何冊か読んでみると、どれも似たような話題に感じる。「大河の一滴」も「人生の目的」も今回読んだ「人間の関係」も、同じようなテーマを扱っているので、それぞれ何を書いてあったかを個別に思い出すのはかなり難しい。はっきり言ってしまえば、どれかひとつを読めば彼の考えはおおむねわかるのだろうと思う。
そうはいっても、新刊が発売されると、つい手にとってしまう。ぱらぱらとめくってみると、どうもやはり目新しいところはなさそう。でも買ってしまう。
共感できるところが多いからか、何度も確認したくなるのだろう。扱うテーマは同じながら、表情や温度が少しずつ変化してゆく変奏曲を思わせる。
またか、と思いつつ、それを楽しむのが私の五木本の読み方。
アンセルメとスイス・ロマンドのラヴェル。冒頭の時計の音は、ジュネーブの機械式であろうか。
どことなくせつなく、シュールな響きだ。新しい気もするし、古風な感じもする。その後に登場するテノールの、鼻にかかった発音がなんとも言えずおフランスである。 昔に観た、ルネ・クレールの「巴里祭」を彷彿させるものがある(モチロン封切で観たわけではない)。
石畳に整然と並ぶ古ぼけた石の家、ぼんやりと輝く街灯。この映画の映像が、自分にとってのパリだった。それを観て十数年してから、実際のパリを見たのだけど、その印象は七十年ほど前に作られた映画のイメージほぼそのままだったのだ。
モノラルの録音が、風情に輪をかけている。映像でいえばクレールの味わい深いモノクロの世界だ。
舞台は18世紀のスペイン。浮気性の時計屋の女房を中心に繰り広げられるドタバタ劇。
ダンコの、鼻にかかったつぶやきのような歌がいい。歌というよりも、語りに近い。艶っぽい声を聴いていると眠たくなってくる。いい意味で。
オケは雰囲気満点。ファゴットやトロンボーンのユーモラスな嘆き節がなんともいえない。適度に乾いていて、目の前で浮かび上がるような軽やかさがある。
「マ・メール・ロア」のメロディーが断片的に顔を出す。メルヘンの香りが濃厚。
シュザンヌ・ダンコ(ソプラノ)
ポール・デレーヌ(テノール)
ミシェル・ハメル(テノール)
ハインツ・レーファス(バリトン)
アンドレ・ヴェッセーレ(バス)
スイス・ロマンド管弦楽団
エルネスト・アンセルメ(指揮)
1953年5月、ジュネーヴでの録音。
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