柳田國男の「山の人生」を読む。
これは、柳田が「風土記」や「今昔物語」はもちろんのこと、地誌、民族誌、日録、伝書などあらゆる博引検証を行って、山での「神隠し」や「天狗」、「山男」などの霊異な現象をまとめた作品。
最初の1ページから驚愕させられる。それは、西美濃の山に住む五十ばかりの炭焼き職人が子供を殺す話。女房はとっくに死に、生活は困窮していた。
「眼が覚めて見ると、小屋の口一ぱいに夕日がさしていた。秋の末のことであったという。二人の子供がその日当たりのところにしゃがんで、しきりに何かしているので、傍らへ行って、みたら一生懸命に仕事に使う大きな斧を磨いでいた。阿爺、これでわしたちを殺してくれといったそうである。そうして入口の材木を枕にして、二人ながら仰向けに寝たそうである。それを見るとくらくらとして、前後の考えもなく二人の首を打ち落としてしまった。それで自分は死ぬことが出来なくて、やがて捕えられて牢に入れられた」。
実際に起きた出来事とのこと。凡庸なホラー作家は裸足で逃げ出すだろう。
メータ指揮イスラエル・フィルの演奏でマーラーの交響曲2番「復活」を聴く。
メータの「復活」と云えばウイーン・フィルとのものが名盤の誉れ高く、私も昔からよく聴いている。メータの勢いは70年代が最高だと思っているので、このイスラエル・フィルとの演奏にはさほど期待していなかったのだが、いい意味で裏切られた。
基本的にはウイーン・フィルの演奏と大きな違いはないものの、このディスクの方が全体的にテンポが速く、小回りがよく利いている。ことに、両端楽章が優れている。
冒頭で放たれた、弦楽のスリムで筋肉質な響きを聴いて、あっと思った。これは新鮮だ。ショルティ/シカゴの演奏を彷彿とさせるが、あれよりも速くて軽い。復活の場面での、コントラバスのにじり寄りかたはウイーン・フィル同様。これはメータ仕様。
2楽章は、イスラエル・フィルの肌理細かな弦の響きを堪能できる。よくうねっていて、味が濃い。
3楽章は心持ち速めでサクサクと進む。フルートの持続音がとても明快。
4楽章のクイヴァーは、肉厚の声が貫禄たっぷり。ただ、ヴィブラートをかなり効かせているので感情過多に聴こえ、今までのメータのやり方にはそぐわないような気がしないでもない。
終楽章は冒頭から勝負を決めにいっている。チェロとコントラバス、金管楽器が規則正しく荒れ狂っていて良い。しっとりとした弦楽器に対して、トランペットを始めとする金管楽器は直線的鋭角的に鳴っており、そのコントラストが面白い。合唱は、弦楽器と同様に音の密度が濃い。しっとりしていて、かつ精度が高い。弱音は神秘的であり、強音はパワフル。チェコから呼び寄せた甲斐は、お釣りがくるほどある、というか、今まで聴いた「復活」の合唱のなかで最上級のもの。
グスタフソンのソプラノは、クイヴァー同様に太い。少し恰幅が良すぎるように思う。
全体を通して、タムタムと大太鼓が要所をキッチリ締めており、効果をあげている。ラストはあまり粘らず、スピード感を持ったまま終結する。
完成度のかなり高い演奏である。
ナンシー・グスタフソン(ソプラノ)
フローレンス・クイヴァー(アルト)
プラハ・フィルハーモニー合唱団
1994年1,2月、テル・アヴィブ、R・マン・オーディトリアムでの録音。
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