リヒテル/ベートーヴェン「ピアノソナタ30,31,32」NHKの「プロジェクトX」にリヒテルが出ていたというのを、少し前に友人から聴いた。
舞台は昭和40年代。日本楽器(現:ヤマハ)が、世界に通用するようなピアノを製作するべく、様々な努力を重ねて、第一級のピアニストであるリヒテルに認められるまでになる、という話らしい。
圧巻はラスト。リヒテルがついにヤマハの工場にやってくる。そしておもむろにピアノを弾き始めると、周りで見守っていた工員たちが号泣したということだ。
これは観たいと思い、レンタルビデオ屋を回ったのだが、この巻はどこにいってもないのである。
ネットでも調べてみたが、絶版とのこと。書籍化したものはあるようだが、どうせなら映像が観たいものだ。
このベートーヴェンにはヤマハを使用したであろう、1991年録音。リヒテルが76歳の時である。
この頃のリヒテルは粒だった軽やかな音色が目立ち、若い頃の機関車のようなパワーある重厚さよりも、音色の溶け具合に重点を置いた弾き方をするようなったと感じる。
私は最後の来日公演でこのピアニストを聴くことができたが、そこでのグリーグの、爽やかな風のように繊細な演奏は、それまで聞かされた「ヴィルトゥオーソ」のイメージとはいささか違ったものであった。
30番は、冒頭から情緒的な側面を強調した演奏になっていて、とても肌触りのよいものになっている。
情緒的といえば31番はよりそれを感じる音楽であるが、この小粒ながらも豪壮な音楽では、速いパッセージでもたつく箇所があって、見逃すには大きな傷となっているのが残念。さすがにこの名人にも衰えはあるのだという安心感と、寂寥感がある。32番の第1楽章では、昔ながらのスケールの大きい演奏を聴くことができる。とても雄弁で大胆。作曲年代としては最晩年ではないが、底のないような深みに突入し、さらにつっきって現代の扉を開けたような終楽章の演奏では、ムラがあって面白い。
ジャズ風のリズミカルな部分での瑕疵は小さいものではないが、そのあとに続く弱音で奏される分散和音の響きの精妙さはスゴイ。機械的な美しさではなく、1音1音がそれぞれ違う、生命を持っているような広がりがある。リヒテルのピアノがベートーヴェンの深みに到達しえた演奏だと思う。★音楽blogランキング!★にほんブログ村 クラシックブログ無料メルマガ『究極の娯楽 -古典音楽の毒と薬-』 読者登録フォーム
メールアドレスを入力してボタンを押すと登録できます。
PR