ヘンデル「メサイア」 C・デイヴィス指揮バイエルン放送饗・合唱団、他丸谷才一の「綾とりで天の川」を読む。
話題豊富な著者が、料理、野球、考古学、映画、ゴシップ、文学についてウンチクを語ったエッセイ集。
なかでも面白かったのは、牛肉に関する話。
牛肉の料理は数あれど、どんな料理方法が一番いいものか。著者によれば、ビーフ・ステーキとロースト・ビーフにとどめを刺すという。しゃぶしゃぶやすき焼きもいいけれど、薄くて肉本来の味がじゅうぶんに出ない、と。
そこで、うまいステーキとローストビーフはどこにあるか。
それは、イギリスなのだという。評判は決していいとはいえないイギリス料理。フランス料理と比べると、地味で雑なイメージがある。でも、イギリス料理は自然を尊重して材料の味を生かすのが特長であって、彼らはなんでもかんでもソースでこてこて煮込むような人工的なフランス料理を軽蔑しているらしい。
牛肉を賛美する歌がある。フィールディングの喜歌劇「グラブ・ストリート・オペラ」の一節だそうだ。
「でかいロースト・ビーフを食ってたころ
われらの心は強く、血はたっぷり
軍人は勇敢
官廷人は優美
おお、イギリスのロースト・ビーフ
昔ながらのロースト・ビーフ」
ロースト・ビーフの厚さは、最低1センチはなきゃだめだと著者。まったく賛成。
スーパーや売っている、ヒラヒラでは物足りない。
ああ、食べたくなった!
C・デイヴィスの「メサイア」はドイツのオケ、合唱団のものだが、英語版である。
小技がピリリと効いた演奏だ。それは、「シンフォニー」から顕著。通常、合奏で奏されるところが、ヴァイオリン・ソロで奏でられる場面がある。軽い変化があって、とても引き締まった音楽になっている。
バイエルンのきめ細かい合奏力、技術力あってのものだろう。
続くテノールは快調。スチュアート・バロウズ。手馴れているが、すれてはいない。イキがよくて輝かしい。
4曲目の「こうして主の栄光が現われ」の合唱は安定感抜群。響きの密度が濃い。
ここまで聴いて、チェンバロが千変万化の活躍をしていることにうすらうすら気付く。曲によってレジスターを変えていると思われる。ある時は太鼓のような重い響きをズシンズシンと鳴らせたり、ある時はとてもなめらかで繊細な色彩を醸し出す。その変化が面白い。あと、オルガン。忘れた頃に、時折キラッと光る音にやられる。さらに加えれば、チェロとコントラバスのいぶし銀の音も忘れられない。
かゆいところに手が届くような、緻密に考え抜かれた、縁の下の力持ち的存在の通奏低音たちである。
解釈がユニークな部分はまだある。この版(どんな版か明記されていない)では13曲目の「天には神の栄光を」だ。合唱の、強弱のつけかたに驚く。まるで舞台裏にひっこんで歌っているかのようなピアノと、通常の強さのコントラストがまぶしい。これは新鮮だ。「メサイア」を何枚か聴いて、こんな歌い方をさせている盤は(今のところ)聴いたことがない。
歌手も安定している。
マーガレット・プライスのソプラノの声は、なにか、俗世間から遠く離れた幽玄さを感じるもので、この音楽のカラーに合っていると思う。傑出した歌いぶりではないが、全体によくなじんでいる。
ハンナ・シュヴァルツのアルトは、適度に粘りがきいていて、ふくらみのある落ち着いたもの。少し陰のある輝きを帯びた、シリアスな味のきいた演奏だ。
バスのサイモン・エステスは輝かしさ満点。このやり方が「メサイア」に合うかといったら「?」のヒトもいるかもしれない。これもアリだと思う。立派の一言。
1984年11月、ミュンヘンでの録音。
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