シューベルト ピアノ五重奏曲「鱒」 バレンボイム(Pf) パールマン(Vn) ズーカーマン(Va) デュプレ(Vc) メータ(Cb)繁華街を歩いていたら、後方から怒鳴り声が聞こえてきた。
「しちしちはしじゅうくでしょ。しちしちしじゅうく!」
大人の女性の声である。
ひとりごとにしては声が大きすぎるし、内容が大人っぽくない。
誰かに語りかけているようだったので、自分の子供に向かって発する言葉だとみた。
相手の声が聴こえなかったし、怖くて後ろを振り返ることができなかったので断定はできないが、雰囲気からしておそらくそうであろう。
真昼間に、九九の件で怒鳴っている女性がいるなんて、驚きを超えてステキささえ感じる。
真夜中でもじゅうぶん不思議だが…。
子供の覚えが悪かったのか、暑さのせいでイライラしていたのか、その両方なのか。こういうヒトとはおつきあいしたくはないけれど、ハタでみているぶんには面白い。
ジンセイはホントにひどいことが多いけれど、こういう些細なことで笑えることが、幸せなのか悲しむべきか、理解に苦しむ。
仲良し5人組の弾くシューベルトのピアノ五重奏曲。ホントに仲良しかどうか知らないが、世間ではそうなっている。
本番の前に、5人それぞれが準備している様子がカメラに収められていて、ズーカーマンは楽器選びのシーンが撮られている。「みんないい楽器を使っているのだから、ボクのもきれいにしておいてね」なんてことを、楽器商に言っている。
室内楽や協奏曲をやるとき、ヴァイオリンはいつもパールマンが弾くので、この人はヴィオラに回ることが多いのだが、まさか楽器を新たに買うとは思わなかった。微笑ましさを通り越して、気の毒だ。
なまじ器用なだけに、貧乏くじをひかされているところが彼にはある。ヴィオラが悪いというわけではないが、ズーカーマンはどちらかといえばヴァイオリニストなのだ。個人的には彼のヴァイオリンのほうが好きなくらいなのだが。
それぞれみんな多忙なヒトたちだから、揃っての練習もままならなかったのだろう、アンサンブルの精度はいいとは言いかねる。ただ個人技はコントラバスを除いて見事であるし、みんなが楽しんで演奏していることが画面からも音からもじゅうぶんに伝わってくる。
1969年8月、クイーン・エリザベス・ホールでの収録。
最年少のズーカーマンは21歳、最年長が32歳のメータ。
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