吉田兼好(内田樹訳)の「徒然草」を読みました。
「露霜に濡れそぼって、あちこちふらふらとさまよい歩き、親の諫め世人の誹りに心休まるときもなく、さてどうしたものかと思案しても妙案は出でず、結局は毎晩独り寝することになるのだが、目が冴えて微睡むこともできない・・・・・・というようなのが男としては味がある」。
本書は、著者が常日頃思っている事柄と、世間のゴシップとの2つに大別されますが、前者のほうが面白い。納得がいくものもあれば「?」というものもあったりして。
上記の引用のような、孤独な男を推奨するような類の話がいくつもあるのは、兼好が独り身だったからでしょう。恋やつれはしているものの、さりとて女から秋波を送られてなびくようでは軽く見られる、このあたりのさじ加減が微妙、というあたり昔も今も変わらないのだと感慨深いものがあります。
ウゴルスキのピアノで、ブラームスの左手のためのシャコンヌ(原曲:バッハ)を聴きました(1996年4月,6月、ベルリン、イエス・キリスト教会での録音)。
この曲は、右手を痛めたクララ・シューマンのために書かれたもので、左手だけで演奏できるようになっています。
シャコンヌのピアノ編曲版はブゾーニのものが有名。これはまさにヴィルトゥオーソのための曲であり、厳粛ななかにケレン味もある。
それに比べると、このブラームスのは片手なので当たり前かもしれませんが、もっと簡素。音が少ないから、ひとつひとつの音が厚く際立っています。
ウゴルスキの音は、密度が濃く重厚でありつつ、透明感を湛えています。適度な粘りが音楽に広がりを与えているようで、なかなかスケールが大きい。いいピアノです。
それにしても、なぜか世の中には「左手のための」ピアノ音楽が多いですね。
パースのビッグムーン。
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