川上弘美の「椰子・椰子」を読む。
「卵一個ぶんのお祝い」は同じ日記でもだいたい本当のことを書いていたらしいが、これはもろに嘘日記。よくもまあこれだけ嘘を並べられるものだと感心するくらい。
主人公は結婚していて、子供もいるのに、夫の影は出てこない。ときおり「片思いのひとから牡丹の花をもら」ったり、「恋人は彫り物師だった」などという記述がでてきて、ちょっとドキドキする。
ある日、電車に乗ると、車両には30歳くらいの男性しか乗っていない。男性が、なにかやりませんかと話しかけてくる。
鞄の中からは、囲碁盤、オセロ、野球ゲーム、モノポリー、将棋、ツイストゲームなど、次々に出てくる。
彼は満面の笑みを浮かべ、「さあどれにします」と問う。
この人の感性というか想像力は、とても独特だ。まさに川上ワールドというしかないのだ。
山口マオによる絵も味わい深い。
デュメイのヴァイオリンでグリーグのヴァイオリン・ソナタ1番を聴く。
この曲は彼が22歳の夏、後に自身が言うところの「勝利と成熟の幸福な時期」に、デンマークで書かれた。
若々しくて瑞々しい、そして陰影がはっきりとした音楽である。もちろん、メロディーは甘い。1回聴いたら、その清々しさを忘れさることは難しいだろう。
1楽章における高揚感。
2楽章の哀愁を帯びたメロディー。
3楽章の濃厚なロマンティシズム。
あとからあとから愉しいパッセージが出てくるあたりは、チャイコフスキーのバレエ音楽を聴くときの感覚に似ているかも。
デュメイのヴァイオリンは、案外太い。音がずっしりとした質量を持っている。キッチリとした楷書書きのスタイルは、この曲にふさわしいと感じる。そこはかとなく漂う陰がスパイスになっている。
グリーグのこの三つ子の兄弟のようなソナタは、ブラームスのそれに匹敵するくらいに完成度が高いものだ。
このディスクを聴いて確信した。
オーギュスタン・デュメイ(ヴァイオリン)
マリア・ジョアン・ピリス(ピアノ)
1993年5月、ベルリン、ランクヴィッツ・コンツェルトザールでの録音。
バオバブの木。
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