エリック・ハイドシェック 宇和島ライヴ1磯部潮の『「うつ」かもしれない』を読む。
うつに関する本を十数冊読んだが、著者によってとらえかたはさまざまだ。
うつは薬物療法でしか治らないというもの、反対に薬物では治らないというもの、あるいは治療によっては1か月もあれば治るというもの、一方では何年かかるかわからないというもの・・・。
本書の著者は、断定的な意見を極力避けている。
うつにかかりやすい性格として、人に気を遣う、くよくよ考える、小心、几帳面ということがいわれている。確かにそういう事象は多いのものの、性格とうつとの因果関係はないと言う。
また医学的な原因として、セロトニン仮説というものがある。これは神経伝達物質であるセロトニンが不足することでうつが発生するというもの。これに対し、セロトニンだけではなくさまざまな脳内化学物質がストレスに影響している、としている。
そんな著者が、ひとつ断言していることがある。それは、自身の患者が毎年数人が自殺するという事実。
和やかに診療を終えた患者が、翌朝に首を吊る。
入院治療を終えて社会復帰を予定した日に、ビルから飛び降りる。
自殺したという事実は動かないが、原因はわからない。
引用の統計データによれば、月曜に自殺者が多く、独身の男性に多いという数字はある。
けれども、人ひとりの生き死にの重さは、当然ながらみな同じだ。
全体を通して、わからないことをわからないと実直に記述されている。考えさせられる本である。
ハイドシェックの「宇和島ライヴ」から、ベートーヴェンの「テンペスト」ソナタを聴く。
もちろん、コーホー氏がライナー・ノートを書いている。とくに「テンペスト」に関しての評価は高い。
『まさに鬼神が乗り移ったかと思われるほどの凄絶さ』
『このCDに接して、まだ「テンペスト」を人前で弾こうとするピアニストがいるとしたら、僕はその人の顔を見たい!』
絶好調である。が、このあたりは読み飛ばしていいだろう。
コーホー氏はさておいて、この演奏は面白い。特に、ピアノの音色がいい。
ハイドシェックはこの演奏に会場に設置しているヤマハを使用したとのこと。あたかもコンサート会場で聴いているような雰囲気がある。細かすぎず、それでいて大雑把でもなく、いい塩梅に空間を感じられる。そのあたりは録音技師の腕がきいているのだろう。
ピアノそのものの音も軽やかでステキだ。コロコロと真珠がころがっているみたい。フォルテッシモの部分でも通りがいい。
演奏スタイルは全体的に甘口に感じた。後期ロマン派のいくつかの作品のように、濃厚な甘みがあり、陰影がわかりやすい。
これが重い音だったならば、どうにも息苦しくなってしまうだろう。軽やかなタッチで捌いているので、面白く聴くことができたのかもしれない。
1989年9月22日、宇和島、南予文化会館でのライヴ録音。
PR