シューベルト 交響曲第8番「未完成」 テンシュテット指揮ロンドン・フィルこれはテンシュテットが初来日したときのライヴである。
テンシュテットを聴きたくて、このコンサートには実際に足を運んだのだが、本当に行きたかったのはこの公演ではなかった。
マーラーの5番のほうを聴きたかったのだ。
1984年といえば、テンシュテットがマーラーの交響曲を次々に録音している最中であり、その中でも最初期に発売された5番はすでに評価が固まっていたものだ。
テンシュテットのライヴは、スタジオとは比べものにならないくらい凄みがあるとのうわさを聞いていたので、その曲の、しかもライヴとなれば行きたくならないわけはなかった。
ところが、前評判の高さからか、マーラー公演のチケットは早々に売切れてしまったので、渋々というわけではないけれど少々の無念さを感じつつ、こちらの公演を聴きに行ったわけだ。
そのときに聴いた「未完成」の演奏がどうだったかと言えば、正直言ってあまり記憶にない。
それは、後日に聴いたFM東京の放送を聴いたときも同じだった。
「未完成」を聴くには、若すぎたのかもしれない。
それから20年以上を経て、改めて聴いてみる。
テンポは終始ゆっくりしていて恰幅がよい。テンシュテットのライヴは燃え狂っているとの評があるが、ここでは決してそんなことはなく、むしろ地に足をどっしりつけた落ち着いたものだ。
弦楽器のなにげない表情がひかる。特にチェロが濃い。ロンドン・フィル特有の靄のかかったような厚い響きを基調に、実にしっとりとなめらかな肌触り。
シューベルトのデモーニッシュな面は希薄であるが、まるで海の底を目指して沈滞してゆくような、おだやかな暗色の演奏である。
ライヴということを抜きにしても、完成度は高いといえる。何度も聴くに堪える録音だ。
1984年4月11日、五反田簡易保険ホールでの録音。
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